約 3,151,906 件
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/155.html
妖精族 第1巻 ウォーヒン・ジャース 著 その偉大な賢者は背が高く、不精な感じの男で、髭をたくわえており、頭ははげていた。彼の所蔵の本も持ち主に似て、どの本も長い間にホコリをかぶり、本棚の奥へと突っ込まれていた。最近の授業で、彼はその中の数冊を用いて、ヴァヌス・ガレリオンがどのようにして魔術師ギルドを設立するに至ったかを学生のタクシムとヴォングルダクに説明していた。2人はサイジック教団でのガレリオンの修行時代について、またそこで行われた魔術の研究と魔術師ギルドのものとはどのように異なるのかなど、たくさんの質問を投げかけた。 「サイジック教団は、今も昔もは非常に組織的な生活様式を持つ機関である」と賢者は説明した。「実際、きわめてエリート主義的である。ガレリオンはその点を批判していた。彼は魔術の研究を自由に解放したかったのだ。まあ、『自由に』とはいかないまでも、少なくとも誰にでも門戸が開かれているようにだ。そのためにまず彼はタムリエルで路線を変更した」 「ガレリオンは現代の薬剤師、道具工、呪術師がみな使用しているような慣習と儀式を体系化したのですよね?」と、ヴォングルダクが尋ねた。 「それは業績の1つに過ぎない。ヴァヌス・ガレリオンは、今日の魔術を作り上げたのだ。彼は一般大衆でも理解できるように、魔術の体系を組み直した。また、彼は錬金術の道具を開発した。誰もが魔法の跳ね返しを恐れずに、どんなものでも、どのような技術でも、懐の許す限り混ぜ合わせることができるようになった。そう、彼は最終的にそういうものを作り上げたのだ」 「どういう意味ですか?」と、タクシムが尋ねた。 「初期の道具は、現在の我々のものよりも自動化されたものだった。どんな素人でも、魔法や錬金術のことを知らなくてもその道具を使うことができた。アルテウム島では、学生は何年にもわたる苦労を重ねて技術を習得しなければならなかったが、ガレリオンはそれがサイジック教団のエリート主義の一例に過ぎないと考えた。当初彼の開発した道具は、いわば機械の付呪師や錬金術師で、金さえ出せば客は望むものを何でも作り出せた」 「例えば、世界を真っ二つに切り裂くような剣も作れますか?」ヴォングルダクが尋ねた。 「理論的には出来るだろうが、それを作るには世界中の金が必要になるだろう」と言って賢者は笑った。「これまでのところ、我々が大変な危機に直面したことはないが、学識のない田舎者が己の理解を超えた物を作り出してしまったという不運な事故は少なからずあった。そういうこともあり、ガレリオンは古い道具を廃棄して、我々が現在使っているようなものを作り上げた。ある意味エリート主義かもしれないが、何かをする前には自分が何をしようとしているのか分かっている必要がある。きわめて当然なことではあるが」 「人々はどんなものを作ったのですか?」と、タクシムが尋ねた。「何かエピソードはありますか?」 「君たちは試験を受けるのが嫌で、話をそらすつもりなんだな」と偉大な賢者は言った。「だが、要点を押さえたちょうどいい話をしよう。サムーセット島の西海岸に在るアリノールの街が舞台の、タウーバッドという書記にまつわる物語だ」 それは第二紀、ヴァヌス・ガレリオンが魔術師ギルドを初めて設立してからまだ間もない頃、その支部がタムリエルの本土にまでは進出まではしていないが、サムーセットの至るところに広がった頃のことであった。 この5年間、書記タウーバッドは、伝令のゴルゴスという少年を通して外の世界に向け文書を送り出す生活を送っていた。隠遁生活だった最初の年には、わずかに残っていた本当に少数の友人や親族── 実際は亡妻の友人や親族であったけれど── が彼を訪ねようとしたが、一番しぶとく粘った身内でさえ諦めてしまった。誰もがタウーバッド・フルジクと交友を続ける理由をたいして持っていなかったので、そのうち、連絡を取ろうとするものはほとんどいなくなった。時々、義理の妹から彼がほとんど覚えていないような人々の近況を綴った手紙が届いていたが、それも極めてまれなことだった。彼の家を往き来する手紙のほとんどは、彼の仕事、つまりオリエル神殿から毎週発刊される公報を書く仕事に関するものであった。公報は神殿の扉に釘で止めて貼り出されるのだが、内容は地域のニュースや説教などであった。 その日、ゴルゴスが持ってきた最初の手紙は治癒師もので、木曜の約束の確認だった。しばらく時間をかけて、彼は浮かない顔つきで了承の返事を書いた。タウーバッドはクリムゾンの疫病を患っており、治療に多額のお金を使っていた。ちなみに、この物語が治癒魔法の流派が高度に専門化する以前の物語であることをお忘れなく。それは恐ろしい病気で、彼は文字通り声を失った。この為、彼のコミュニケーションは筆記によるものに限られていた。 次の手紙は教会の秘書であるアルフィアからだった。彼女の手紙はいつも乱雑な文章で不愉快なものであった。「タウーバッドへ、添付資料は日曜の説教、来週のスケジュール、死亡情報です。少しは『色を付けて』記事を書いてください。前回の分には失望しています」 タウーバッドはアルフィアが神殿に勤め出す前から公報の作成に携わっていたので、彼が心に抱く彼女のイメージは純粋に頭の中だけで作り上げたものであり、それは時間とともに変化していった。最初は、イボだらけの醜く太った雌の醜い魔物の姿をしていた。最近は、痩せ細った行かず後家のオークに変異している。ひょっとしたら、彼の千里眼は当たっていて、ちょうど彼女も体重を落としたところかも知れない。 そもそもアルフィアの外見がどのようなものでも、タウーバッドを見下す態度は明らかだった。彼のユーモアセンスも大嫌いなら、どんなに小さな書き損じも見逃さない。彼の文章と筆跡は素人レベルでも最低であると思っている。幸い神殿の仕事は、善良なるアリノール国王の為の仕事の次に安定していた。稼ぎはたいしたことはないが、タウーバッドはほとんど金を使わなかった。実際のところ金は必要なかった。彼はすでに一財産を築いていたし、日々の生活に働く以外の楽しみはなかったのである。つまり、ほかに時間や思考を費やすところがない彼にとって、その公報の仕事は何よりも大事だった。 すべての手紙を配達し終えたゴルゴスは、掃除を始め、やりながらタウーバッドに街のニュースをすべて伝えた。少年はいつもそうしていて、タウーバッドはいつもあまり聞いていなかったのだが、今日のニュースには興味深いものがあった。魔術師ギルドがアリノールに進出したというものである。 タウーバッドが熱心に耳を傾けるので、ゴルゴスは、ギルドに関する全てを、つまり驚くべき大賢者と、錬金術と付呪用の道具について話した。彼が話を終えると、タウーバッドは簡単なメモを書いて、そのメモと一緒に1本の羽ペンをゴルゴスに渡した。そこには「この羽ペンに魔法を封じてもらってきてくれ」と書いてあった。 「お金がかかりますよ」と、ゴルゴスは言った。 タウーバッドは、長年貯めてきた数千枚のゴールドを彼に渡して送り出した。タウーバッドは、アルフィアを感動させ、オリエル神殿に栄光をもたらす力を手に入れようと決心したのだ。 後に聞くところによれば、ゴルゴスはそのお金を横取りしてアリノールから逃げようとも思ったが、貧しく老いたタウーバッドのことが心配になった。何より、主人からの手紙を届けるために、毎日会わねばならないアルフィアのことが彼も大嫌いだった。良い動機と言えないまでも、ゴルゴスはギルドに赴いて羽ペンに魔法を封じてもらおうと決めた。 最初に話したとおり、その当時は特に、魔術師ギルドはエリート主義の団体ではなかった。だが、ただの伝令の少年が魔導具の製造機を使わせてほしいと頼んだ時は、すくなからず疑いの眼差しを向けられた。しかし袋の中身を見せると、彼らの態度は一変し、ゴルゴスは部屋に招き入れられた。 ところで、私はその古い付呪用の道具を見たことがない。君たちには想像力を働かせてほしい。その道具には、マジカを封入するための大きなプリズムや、一揃いの魂石、エネルギーを封じ込めた球体などがついていた。それ以上は、その外見も効果もよくはわからない。ギルドに渡したゴールドのおかげで、その羽ペンには最高額の魂、つまり妖精族というデイドラの魂を封じられることになった。ギルドの修練僧は、当時の他のメンバーと同様に無知であって、その魂がエネルギーに満ち溢れているという以外には、大した知識はなかった。ゴルゴスが部屋をあとにした時には、その羽ペンには限界かそれ以上の付呪が施され、力で震えているようだった。 もちろん、タウーバッドがその羽ペンを使ってみると、それがどれだけ彼の理解を越えたものであったかが明らかになったのだ。 「それでは…… 試験を始めよう」と、偉大な賢者は言った。 小説・物語 茶2 妖精族 第2巻 ウォーヒン・ジャース 著 初歩的な召喚魔法の実技の試験が終わると、偉大な賢者はヴォングルダクとタクシムの2人に「今日はこれまで」と告げた。しかし、午後の授業の間ずっとそわそわしていた2人は、座席から立たずに切り出した。 「試験のあと、あの書記と魔法の羽ペンの物語の続きを話してくださるとおっしゃいました」と、タクシムは言った。 「その書記は非常に孤独な暮らしをしていて、彼が書いた公報をめぐって神殿の秘書といがみ合ったり、あとクリムゾンの疫病のせいで話せないところまでは聞きました。その彼の伝令の少年が、羽ペンに妖精族というデイドラの魂を封じ込めた、その続きからです」とヴォングルダクが、賢者に思い出させようとした。 「私はこれから昼寝でもしようかと思っていたんだが。まあ、その話は魂の本性に関する問題でもあるし、ゆえに召喚魔法にも関係してくるのだからよかろう、続きを話そう」と、賢者は言った。 タウーバッドがその羽ペンを使って神殿の公報を書き始めると、そこには少し内容に不釣合いな、ほとんど3次元的とも言える品質の文章が出現し、タウーバッドは大いに満足した。 夜遅くまでかけて、タウーバッドはオリエル神殿の公告をまとめあげた。彼が妖精族の羽ペンを紙に走らせるや、公告はもはや芸術品と化した。金で豪華に飾り立てられているが、文体は美しく簡素で力強かった。最もありふれたアレッシアの教条を、大司教が型通りに話したものであるにも関わらず、説教の抜粋はまるで詩のようだった。神殿の主な後援者の2人の死亡記事は厳格かつ力強く、ごく平凡な死が涙を誘う世界的悲劇へと変化を遂げた。疲れ切って倒れそうになるまで、彼はその魔法のパレットに向かった。締め切り前日の朝6時、彼は公告をゴルゴスに渡し、神殿秘書のアルフィア宛に届けるように言った。 予想はしていたがアルフィアからは賞賛の言葉も、とても早く公告を書き上げたことについての感想もなかった。どうでもいい。タウーバッドはこの公告が今まで神殿に貼り出された中でも最高の文書であることを知っていた。日曜の午後1時は、ゴルゴスは彼の元へたくさんの手紙を持ってきた。 「今日の公報は実にすばらしい。神殿のホールで読んでいて、お恥ずかしいことに、大粒の涙をこぼしてしまいました」と、大司教が書いていた。「これほどまでに美しくオーリーエルを誉めたたえるものを見たことがありません。ファーストホールド大聖堂も、この公告に比べればつまらないものです。ああ、ガラエルの再来とも思しき偉大な芸術家にひれ伏します」 大司教は、ほかの多くの聖職者同様大げさに話す人物ではあったが、この賛辞にタウーバッドは大変気を良くした。手紙はほかにもたくさんあった。神殿の長老の全員が、老いも若きも合わせた33人の教区民が、誰が公告を書いたのか、彼に祝福の手紙を届けるのにはどうしたらよいかを調べるのに時間を使った。そして、その情報を知るただ一人の人物は、アルフィアだった。タウーバッドの想像の中で竜女になっている彼女は、口々にタウーバッドを賞賛する者に取り囲まれた。 翌日、治癒師のテレミヒルとの約束のため船に乗った時も、まだ彼は上機嫌であった。そこの薬草医は新人で、美しいレッドガードの女だったが、タウーバッドが「私の名前はタウーバッド・フルジクです。11時にテレミヒルさんと約束をしています。病気のために声を出せないので、申し訳ないのですが会話は出来ません」と書いたメモを渡したあとでなお彼に話しかけようとした。 「まだ雨は降り始めていないかしら?」と彼女は陽気に聞いた。「占い師は振るかもといっていたのだけれど」 彼は顔をしかめて怒ったように頭を振った。どうして皆がみな、口の利けない人間は話しかけられるのが好きだと思うんだろう? 両腕を失った兵士が、ボールを投げられるのが好きだと思うか? その冷酷な振るまいが意図的でないことは明らかだが、彼は相手が本当は障害を持っていないことを証明するのが単純に好きな者もいるのではないかと思っていた。 診察自体も定例の恐怖であった。テレミヒルが喋り続けている間中、タウーバッドはずっと拷問を受けているようなものだ。 「たまには話そうとしてみるべきだ。そうしないと良くなっているかどうかがわからないからね。人前で話すのが嫌だったら、1人で練習してもいいんだよ」そんな忠告を彼が聞くわけないと知りながらも、テレミヒルは言い続ける。「お風呂で歌ってみてごらん。思ったよりうまくいくかもしれない」 結果を2─3週間後に受け取ることになり、診察は終わった。帰りの船の上で、彼は来週の神殿公報の構想を練り始めた。「先週の日曜の説法」の発表のページの縁飾りは二重にしてみたらどうだろう? 説教を一段組みから二段組みにするのも新しいかもしれない。アルフィアから情報を受け取るまで手をつけられないのが、ほとんど耐えられないほどの苦しみとなってきた。 アルフィアが情報を送ってきたときには、次のようなメモが添えられていた。「この前の公報はまあまあでした。次回は“Fortunate”(幸運の)の代わりに“Fortuitous”(思いがけない)を使わないでください。調べればわかることですが、この2つは同義ではないです」 その返事に、タウーバッドはもう少しでゴルゴスにひわいな言葉を叫んで、結果的にテレミヒルの勧めに従うことになるところだった。そうする代わりに、安ワインの一瓶を空け、適切な返信を書いて送り、そのまま床で眠り込んでしまった。 翌朝、長風呂のあとで、彼は公報の仕事に取りかかった。「特別発表」の欄に少し影をつけてみるというアイディアは、文章全体に驚くべき効果をもたらした。彼が記事の区切り線に過剰な装飾を施すことをアルフィアは毛嫌いしていたが、しかし妖精族の羽ペンを使うと、それは不思議と力強く感激さえもを漂わせるものとなった。 まるで彼の考えに対する返事のように、ゴルゴスがアルフィアの手紙を携えてやって来た。タウーバッドがその手紙を開けると、そこには一言「ごめんなさい」と書かれていた。 彼は仕事を続けた。彼はもうアルフィアの手紙のことを忘れていたが、きっと全体としては「今まで誰も、右側と左側の余白を同じだけ取るように伝えていなくてごめんなさい」、または「公報の書記として変わった老人ではない誰かを雇えなくてごめんなさい」などと書きたかったのであろう。彼女が何に対して謝っているかはどうでもよかった。説教の注釈の欄から上に伸びる縦の線は、まるでバラの柱のようで、惜しげもなく飾り立てられた見出しを冠していた。死亡欄と誕生欄は円形の縁飾りでともに囲まれており、人生の環を感じさせ、心を打つものとなった。彼の公報は、暖かみを感じさせると同時に前衛的であった。まさに傑作である。その日の午後遅く、彼はアルフィアへ公報を届けさせた。彼女がそれを気に入らないであろうことは分かっていたが、それでも彼は満足だった。 土曜に神殿から手紙が届いてタウーバッドは驚いた。中身を読む前に、形式から判断してアルフィアからのものではないと分かった。筆跡はいつものアルフィアの敵意のこもった激しいものではなく、オブリビオンからの叫びのように見える、全部大文字で書かれたものでもなかった。 「タウーバッド様。アルフィアが神殿を去ったことをお知らせしなければなりません。昨日、唐突に彼女は辞職しました。私はヴァンダーシルと申します。幸運にも(こういうのも失礼ですが)代わって私が新しく神殿の連絡役を務めることになりました。あなたの才能には感服しております。先週の公報を読むまで、私は信仰の危機に立たされていました。今週の公報はまったく奇跡です。本当です。あなたと共に仕事ができて光栄です。──ヴァンダーシル」 日曜日の礼拝後の反響は、さらに彼をを驚かせた。参加者と御布施が異常に増えたのは、すべて公報のお陰であると大司教は考えた。彼の報酬は今までの4倍になった。ゴルゴスは彼の才能をを称える人たちからの手紙を120通以上持ってきた。 翌週、良質なトルヴァリ産のはちみつ酒のグラスを片手に、机の前に座って、空白の巻物をじっと見ていた。アイディアが浮かばないのである。彼の子供、または第二の妻ともいえるような公報に飽きてきたのだ。大司教の三流の説教なんて神への冒涜もいいところだ。神殿の後援者が死んだとか生まれたとかいうのも退屈すぎる。くだらない、くだらない。そんな言葉をページに走り書きをしながら、彼は考えていた。 彼には「く・だ・ら・な・い、く・だ・ら・な・い」と書いている自覚があったが、巻物に現れた言葉は「白い首に巻かれた真珠のネックレス」だった。 次に用紙いっぱいにギザギザの線で殴り書きしてみた。なんとその美しい妖精族の羽ペンが綴った言葉は「オーリーエルに賛美を」だった。 タウーバッドはその羽ペンを投げ出したが、インクの流れは詩的な文句を綴った。彼はインクを飛び散らせながら紙中に殴り書きをしたが、この上もなく素晴らしい言葉がさまざまな形で現れた。インクの染みやはねは、華麗な非対称で飛び散ると、文章を万華鏡のように回転させた。もはや公報は彼の手でだめにすることはできないのだ。仕事は妖精族の羽ペンに引き継がれた。彼は作者ではなく、読者になった。 「さて」偉大な賢者は尋ねた。「君たちの召喚魔法の知識によると、妖精族とは一体何者か?」 「その後どうなったのですか?」と、ヴォングルダクが叫んだ。 「まずは、私の質問に答えなさい。それから話を続けよう」 「デイドラだとおっしゃっていましたよね」と、タクシムは言った。「それに、芸術家の技巧を持ち合わせているようです。アズラの従僕でしょうか?」 「しかしあの書記はすべてを想像していたのかもしれませんね」とヴォングルダクは言った。「きっと、妖精族はシェオゴラスの従僕でしょう。だから彼はおかしくなってしまった。あるいは、その羽ペンで書いたものを見ると、オリエル神殿の信者のようにおかしくなってしまうのでは」 「復讐を司るのはボエシア……」と、タクシムのは考え込んでいた。しかしすぐ微笑んで「妖精族はクラヴィカス・ヴァイルの従僕ですね?」と言った。 「大正解。どうしてわかったのだね?」と、賢者は言った。 「これは彼のやり方だからです。書記は羽ペンの力をもう望まなくなったのですね。それからどうなったのですか?」と、タクシムは言った。 「それはだな」と言って、偉大な賢者は物語を続けた。 小説・物語 茶2 妖精族 第3巻 ウォーヒン・ジャース 著 「ついに、タウーバッドは羽ペンの力を知るところとなった」と言って偉大な賢者は物語を再開した。「クラヴィカス・ヴァイルの従僕であるデイドラの妖精族の魂が封じられた羽ペンは、オリエル神殿の週間公報の書記としての彼に大きな富と名声をもたらした。しかし、彼はその羽ペン自体が芸術家であって、自分は単なる魔法の傍観者の1人に過ぎないということに気付いてしまった。彼は激しい怒りと嫉妬に駆られた。泣きながらその羽ペンを真っ二つに折ってしまった」 タウーバッドはグラスのはちみつ酒を飲み干し、それから視線を戻すと、なんと羽ペンは全くの無傷であった。 彼はそれ以外に羽ペンを1本も持っていなかったので、インク壷に自分の指を浸し、雑な字でゴルゴスへメモを書いた。先日の公報を賞賛する神殿からの新しい手紙の束を持ってゴルゴスがやってくると、タウーバッドは先ほど書いたメモと羽ペンを渡した。メモには、「この羽ペンを魔術師ギルドに持って行って、売ってしまいなさい。魔法をかけられていない普通の羽ペンを買ってきなさい」と書かれていた。 ゴルゴスにはそのメモはなんとも不可解に思われたが、メモの通りに実行した。彼は数時間後に戻ってきた。 「あの羽ペンに対して返金することはできないそうです」とゴルゴスは言った。「それに彼らは羽ペンには魔法が封じられていないと言いました。僕が『何を言ってるんですか。あなた方がここで羽ペンに妖精族の魂石の付呪を施したんじゃないですか。』と言うと、彼らは『それはそうですが、今、その羽ペンには魂は宿っていません。何かしたせいで失われてしまったのではないですか。』と言うのです」 ゴルゴスは主人をみつめた。タウーバッドは何も言えなかった。もちろん、いつにも増して何も言えないように見えたという意味である。 「とにかく、言われた通り、前のペンは捨てて新しい羽ペンを買ってきました」 タウーバッドは、その新しい羽ペンを調べてみた。前の羽ペンの羽は鳩のような灰色だったが、新しいペンの羽は真っ白であった。彼の手によく馴染んだ。安堵の溜息を漏らし、手を振って少年を下がらせた。彼は公報を書かねばならなかった。今度は魔法ではなく、己の才能だけに頼るのだ。 二日かかって、なんとか予定通りに仕事を終えた。実に平凡ではあったが、まさしく彼の作品である。ページに目を走らせて少しばかりのミスを見つけた時には、不思議と安心した。公報にちょっとしたミスがあるのは昔からだからだ。「実際のところ……」彼は幸福そうに考え込んだ。「この文章には、まだ見ぬミスが埋もれているのだろう」 平凡な字体で最後の一巻きを書き終えたところに、神殿からの数通の手紙を持ってゴルゴスが来た。タウーバッドはそれら全てに素早く目を通していたが、そのうちの1通が彼の注意をひいた。手紙の蝋封には「妖精族」という文字が見て取れた。彼は戸惑いを覚えながらその封を切った。 そこには完ぺきに美しい筆記体で「あなたは自殺せねばなりません」と書いてあった。 タウーバッドは公報に突然動きがあったのを見て手紙を床に落とした。妖精族の文字は手紙から跳ね出し、巻物に洪水のように押し寄せると、タウーバッドのみすぼらしい文章を最上の美しい作品に変換していった。タウーバッドはもはや、カエルにも似た奇妙な自分の声のことを気にしなかった。彼は長く長く叫び続けた。そして酒を飲んだ。とにかく飲んだ。 金曜の早朝、神殿秘書ヴァンダーシルからの手紙が届けられていた。しかし、午前中の半ばまで、それを読む勇気はなかった。そこには「おはようございます。今まさに公報を納入しようと思っているところです。いつもなら木曜の夜までに仕上げて頂いておりますが…… 興味深いですね。何か特別なことを計画していらっしゃるのでしょうか?──ヴァンダーシル」と書かれていた。 タウーバッドは「ヴァンダーシル、申し訳ない。体調がすぐれないので今度の日曜の公報は書けそうにないのです」と返事を書き、風呂に逃げ込む前に、ゴルゴスに渡した。その1時間後に風呂から戻ると、ちょうど笑顔のゴルゴスも神殿から帰ってきていた。 「ヴァンダーシルさんも大司教も大喜びですよ」彼は言った。「今までの内でも最高の作品だと言っていました」 タウーバッドはわけが分からずにゴルゴスを見つめた。そして公報がなくなっているのに気づいた。怒りに震えながらも、指をインク壷に浸して、「私が渡したメモには何と書いてあった?」と書き殴った。 ゴルゴスは笑顔を引っ込め「覚えてないのですか?」と聞いた。彼は、近頃主人が酒を飲みすぎていることを知っていた。「正確には覚えていませんが確かこんな内容でした。『ヴァンダーシルさん、今回の公報です。遅れてすみません。最近、体調がすぐれないのです。──タウーバッド』また、「そこだ」とおっしゃったので、公報も届けて欲しいのだと思いそうしました。先ほど言いましたが、神殿の方々はとても喜んでいました。今週の日曜には、三倍の手紙が届きますよ」 タウーバッドは笑顔でうなずくと、手を振ってゴルゴスを部屋から下がらせた。ゴルゴスは神殿に戻って行き、彼の主人は机に向かって新しい羊皮紙を1枚取り出した。 彼は羽ペンで「妖精族よ、お前の望みは一体何だ?」と書いた。 その文字は「さようなら。自分の人生に、すっかり嫌気が差してしまったのです。手首を切りました」に変わった。 タウーバッドは「私はおかしくなってしまったのか?」と書いた。 その文字は「さようなら。私は毒を飲みました。人生が嫌になった」に変わった。 「どうして、私にこんなことをさせるのだ?」 「私、タウーバッド・フルジクは、忘恩の念と共には生きていけません。そのため、こうして首に縄をかけることにするのです」 タウーバッドは新しい羊皮紙を手に取ると、指をインク壷に浸けて公報を書き直し始めた。彼のオリジナルの原稿は、妖精族が変えてしまう前には平凡で欠点のあるものだったのに対し、新しく書いたこの公報は殴り書きであった。「i」の点は打たれておらず、「g」は「y」のように見え、文章は余白にまで飛び出して至るところで蛇のようにトグロを巻いていた。インクは1枚目から2枚目まで染みている。筆記帳からページを破り取ろうとして、3枚目が半分になってしまいそうな長い裂け目をこしらえてしまった。そうした出来上がったものは、何かを感情に訴えかけてきた。少なくとも、そのように彼は願っていた。それから、その公報とは別に「私が届けさせた「たわごと」の代わりに、この公報を使って欲しい」という簡単なメモを書いた。 ゴルゴスが新しい手紙を持って帰ってくると、タウーバッドはその公報とメモの入った封筒を彼に手渡した。届けられた手紙はどれも同じようなものだったが、治癒師テレミヒルのものだけ違っていた。「至急、お越しください。あなたの病状に酷似したクリムゾンの疫病の変異型についてブラック・マーシュから報告がありました。もう一度診察をしたいのです。確かなことはまだ言えませんが、しかし、どんな選択肢がありうるか、確認したいのです」 そのショックから立ち直るのには、その日の残りの時間と15ドラムの強いみつばち酒が必要だった。二日酔いから立ち直るのには翌朝の大部分を費やした。タウーバッドはそれから、ヴァンダーシルに羽ペンを使って手紙を書き始めた。「書き直したほうの公報を、どう思われましたか?」妖精族の手にかかるとそれは「私は火中に飛び込もうと思います。才能は枯渇してしまった」になってしまった。 タウーバッドはその手紙を指にインクを付けて書き直した。ゴルゴスが現れて、一枚の手紙を差し出した。それはヴァンダーシルからのものだった。 そこには「あなたは神々しい霊感だけでなく素晴らしいユーモア感覚の持ち主でもあるのですね。本当の公報の代わりに、あなたから送られた落書きを貼り出している場面を思い浮かべてみて下さい。大司教様は、たいへんに笑っていらっしゃいました。あなたの来週の作品を待ち切れません。──愛情をこめて、ヴァンダーシル」 その1週間後の葬式には、タウーバッド・フルジクにはとても信じられなかったであろうほどたくさんの友人と崇拝者が参列することになった。もちろん棺は閉められねばならなかったが、まるで芸術家自身であるかのように、そのオーク材の棺の滑らかな表面を撫でようとする参列者があとを絶たなかった。大司教が葬儀を執り行い、普段よりは丁寧な弔辞を読み上げた。タウーバッドの古き仇敵にしてヴァンダーシルの前の秘書であるアルフィアもクラウドレストから訪れて、泣き叫びながら、誰彼構わずに、タウーバッドの示唆が自分の進むべき道を変えたのだと訴えた。アルフィアは、羽ペンを自分に遺すというタウーバッドの遺言を聞いて号泣した。ヴァンダーシルは、そのハンサムで素敵な1人の男性、テレミヒルを見つけるまで、ひどく悲しんでいた。 「まったくもって信じられません。彼が亡くなるだなんて。もう会うことも話すことも出来ないだなんて」とヴァンダーシルは言った。「亡骸は見ましたし、まだ燃やされてはいなかったですけど、彼が本当にタウーバッドさんであるかどうかは私にはわかりません」 「何かの間違いであると言いたいところですが、彼本人であることを裏付ける多くの医学的証拠がありますから」とテレミヒルは言った。「いくつかこの目で確認しました。実を言うと、彼は私の患者でした」 「本当ですか?」ヴァンダーシルが尋ねた。「一体なんの病気で?」 「何年も前から、声を奪われてしまうクリムゾンの疫病を患っていました。でも、完全な治療法が見出されたのです。実は、彼が自殺した当日にも、そのことを伝える手紙を出しておいたところです」 「あなたが、あの治癒師ですか?」ヴァンダーシルが声を上げた。「彼の斬新で素朴なデザインの公報についての手紙をゴルゴスに渡す時に聞いたのですが、ちょうど、あなたの手紙を届けたところだと言っていましたよ。その公報というのが、驚くべき一品でした。こんなことを彼にはとても言えませんでしたが、最初は彼が流行おくれのスタイルの中で立ち往生してしまったのかと疑ったものです。しかし、それこそ彼が燦然と輝く栄光のかなたへと旅立つ前に、天才の最後を成し遂げたという証明なのです。何の比喩でもありません。まったくの文字通りです」 ヴァンダーシルは治癒師にタウーバッドの遺作を見せた。テレミヒルは、そのオーリーエル神の権能と威厳を称える、ほとんど判読できない程に熱狂的な数枚の公報を見て、ヴァンダーシルの意見に賛成した。 「さっぱり分からなくなってしまいました」とヴォングルダクが言った。 「どの部分についてだね?」と偉大な賢者は尋ねた。「この物語は非常に筋が通っていると思うのだが」 「どんな公報も妖精族は素晴らしい作品に仕立て上げました。しかし、タウーバッドの最後の公報だけは彼自身が書いたはずです」と思慮深そうにタクシムは言った。「でも、どうして彼はヴァンダーシルと治癒師からの手紙の内容を読み違えてしまったのですか? その手紙の文面も、妖精族が変えてしまったのでしょうか?」 「恐らくはそうだな」賢者は笑みを浮かべた。 「あるいは、妖精族が、タウーバッドの文章を読み取る力を変えてしまったのでしょうか?」と、ヴォングルダクが尋ねた。「つまり、妖精族が彼をおかしくしてしまったのでしょうか?」 「それも大いにありうることだ」と、賢者は言った。 「そうなると、妖精族はシェオゴラスの従僕だということになりませんか」と、ヴォングルダクは言った。「しかし、彼はクラヴィカス・ヴァイルの従僕であると、先生はおっしゃいました。いたずらと乱心と、どちらを司るデイドラなのでしょうか?」 「意思が妖精族によって確かにねじまげられたのです」と、タクシムは言った。「それがまさに呪いを永遠のものにするクラヴィカス・ヴァイルの従僕のやり方です」 「この書記と呪われた羽ペンの物語の結末に関しては、君たちの望むようにしておけばよい」と偉大な賢者は、微笑みながら言った。 小説・物語 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/205.html
狼の女王 第1巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀63年 この年の秋、皇太子ペラギウスはカムローンの都市国家ハイ・ロックへ出向いた。皇帝タイバー・セプティムの姪が女皇キンタイラであり、その息子が皇太子ユリエルで、ペラギウスはそのユリエルの子である。彼は、ハイ・ロックの王ヴァルステッドの娘に求婚に来たのだった。この王女の名はクインティラといい、タムリエルで一番と言われる美貌の持ち主であった。彼女は女性らしい作法を完ぺきに身に付けており、また優れた妖術師でもあった。 ペラギウスは11年前に前の妻を亡くしており、アンティオカスという名の男の子がいた。ペラギウスがハイ・ロックに来たとき、この都市国家には巨大な狼の姿をした悪魔が住みつき、人々から恐れられていた。ペラギウスは、クインティラに求婚する前に彼女とともにこの怪物を倒し王国を救うことになった。彼の剣と彼女の妖術によって狼は殺され、クインティラは神秘によって狼の魂を宝石の中に封印した。ペラギウスはその宝石を使って指輪を作らせ、クインティラと結婚した。 しかし、狼の魂は皇太子夫妻に最初の子が生まれるまでの間、彼らにつきまとっていたといわれる。 第三紀80年 「陛下、ソリチュードから大使が到着しました」執事のバルヴァスが耳打ちした。 「夕食の途中にか?」と、皇帝は不満そうにつぶやいた。「待つように伝えろ」 「いえ、父上、お会いになったほうがいいですよ」と、ペラギウスは立ち上がりながら言った。「相手を待たせたら、相手に不利なことを言いづらくなるんです。外交上よくありません」 「それならここにいろ。お前は私よりずっと外交がうまいのだから。家族がここに揃っていなければ」と、皇帝ユリエル二世は言いかけて、夕食の席にずいぶん人が少ないことに気付いた。「妻はどこだ?」 「キナレスの主席司祭と寝ています」というのが本当のところだったが、ペラギウスは皇帝の言ったとおり外交に長けていた。彼は言った。「礼拝中です」 「お前の兄弟たちはどうした?」 「アミエルはファーストホールドへ、魔術師ギルドの大賢者に会いに行っています。ガラナは、ナルシスの公爵と婚礼の準備をしていますよ。もちろん、このことは大使には言わないでおきましょう。彼はガラナがソリチュードの王と結婚すると思ってますから。彼には、ガラナは温泉へ行って伝染病のできものを取ってもらっているとでも言っておきましょうか。そう言っておけば、王と結婚させようとは思わなくなるでしょう。いくら政治的に得があっても」ペラギウスは笑った。「ノルドはできもののある女性が大嫌いですからね」 「しかし何てことだ、たくさんの家族に囲まれていたかったのに、これでは一番近しい家族にすら見捨てられた嫌われ者の老人みたいじゃないか」と、皇帝は怒った声で言ったが、的確な表現だった。「お前の妻は? それに孫たちはどこにいるんだ?」 「クインティラは、子供部屋でセフォラスとマグナスと一緒です。アンティオカスは帝都で娼婦とでも遊んでいるんでしょう。ポテマはどこにいるのか知りませんが、多分勉強部屋でしょう。父上は、まわりに子供がいるのはお嫌いかと思ってたんですが」 「陰気な部屋で大使と会わねばならんときには、まわりに子供がいたほうがいい」皇帝はため息をついた。「空気が、何というか、純粋で文化的な感じになるからな。ああ、いまいましい大使のやつをここへ呼べ」と、皇帝はバルヴァスに命じた。 そのころ、ポテマは退屈していた。帝都州はちょうど冬、雨季の最中で、帝都の通りや庭園はどこも水浸しだった。彼女には、雨が降っていなかった頃のことが思い出せなかった。前に太陽を見たのは数日前のことだったか、それともこの雨はもう数週間や数ヶ月降り続いているのだろうか? 王宮を照らすたいまつの灯がちらちらと揺れて時間の感覚を忘れさせ、激しい雨の音を聞きながら大理石の廊下を歩いていると、ポテマの頭の中には退屈だという感覚以外何もなくなっていた。 今ごろ、家庭教師のアセフェがポテマを探しているはずだった。ポテマは普段、勉強は嫌いではなかった。彼女は何でも簡単に暗記できたのだ。誰もいない舞踏場を歩きながら、彼女は自分に問題を出した。オルシニウム陥落は何年? 第一紀980年。タムリエルに関する論文の作者は? コセイ。タイバー・セプティムが生まれたのは? 第二紀288年。現在のダガーフォールの王は? 答えは、モーティン、つまりゴスリアの息子である。現在のシルヴェナールの王は? 答えは、ヴァーバレンス、つまりヴァーバリルの息子である。リルモスの将軍は? ひっかけ問題である。答えは女性、名前はアイオアである。 私がよい子にしていて、やっかいごとを起こさず、家庭教師が私のことをすごく優秀だと言って、それで何になるのだろう? お父様とお母様は、デイドラのカタナを買ってくれると約束したのに、後になってそんな約束した覚えがないとか、女の子には危なすぎるとか、高すぎるとか言って結局買ってくれなかった。 皇帝の迎賓室から、話し声が聞こえていた。彼女の父と、祖父と、ノルド特有の妙な訛りのある男の声だった。ポテマは以前、舞踏場にある壁掛けの後ろの石造りの壁の石の一つを、とれやすく細工していた。彼女はその石をどけ、隣の部屋の会話に聞き耳を立てた。 「率直に申し上げます、皇帝陛下」ノルドの男の声が言った。「私の主、ソリチュード国王は、ガラナ姫がオークでなくてもかまわないと申しております。王は皇帝家と婚戚関係を結ぶことを望んでおり、そして、陛下も以前、それに同意されました。もし、この婚約を破棄されるのなら、トルヴァリでのカジートの反乱を鎮圧する際に我が王が負担した何百万ゴールドという金を返していただきたい。そういう契約が結ばれたはずです。陛下は約束を守ると誓われたではありませんか」 「そのような契約には覚えがありませんが」と、父の声が言った。「そんな約束をしたのですか、陛下?」 何かぶつぶつ言う声が聞こえた。祖父である老いた皇帝の声だとポテマは思った。 「記録の間へ出向いて確かめたほうがいいかもしれませんな、私の記憶違いかもしれませんから」ノルドの声には皮肉が込められていた。「そこに保管されている契約書に、皇帝陛下の印がしっかり押されていたのを記憶しておるのですがね。実際、私の勘違いということも」 「記録の間へ使いを出して、あなたのおっしゃっている文書を持ってこさせましょう」と、父の声が答えた。非情で、相手をいなすような、父が約束をやぶるときの口調だった。ポテマはその口調をいつも聞かされていたのだ。彼女は壁の石を元に戻すと、急いで舞踏場を出た。使いの従者は普段から年老いた皇帝の使いばかりしているため、歩くのがひどく遅いことを彼女は知っていた。ポテマは急ぎ、すぐに記録の間の前まで来た。 重厚な黒檀の扉は当然施錠されていたが、彼女には何の問題もなかった。一年前、母親のメイドをしているボスマーが宝石をくすねているのを見咎め、黙っている約束と引き換えに錠前破りのやり方を教えてもらったことがあったのだ。ポテマは自分の赤いダイヤのブローチから針を2本引抜き、1本の針を錠前に差込んで、手を動かさないようにしながら中の金具や溝の形状を探り、覚えた。 それぞれの錠前は、特有の形状を持っているのだ。 食糧貯蔵庫の錠前:自由に動く6つのタンブラーと、固定された7つ目のタンブラー、それにかんぬき。彼女は遊びでその錠を破ったことがあったが、もし彼女がそこにある食料に毒を入れていたら、今頃皇帝家は死に絶えていただろう。彼女はそう考え、にやりとした。 兄のアンティオカスがカジートのポルノを隠している場所の錠前:2つの自由に動かせるタンブラーと、お粗末な毒針の罠だけ。この罠は、釣り合い錘を押さえればすぐ壊せる。この錠前を破ったことは、大きな利益を呼んだ。恥を知らないように見えるあのアンティオカスが、あんなに簡単に脅迫できるとは。実際のところ、彼女はまだ12歳で、それらのポルノの中のカジートやシロディール人の痴態は何か非現実的なものにしか見えていなかった。それでも、アンティオカスはダイヤのブローチで彼女の口を封じなければならず、それは彼女の宝物になった。 彼女の錠前破りは一度もばれなかった。アークメイジの部屋に忍び込んで一番古い呪文の本を盗み出したときも。マグナスの誕生を祝う式典の朝、ギレインの王が泊まっている客用の寝室から王冠を盗み出したときも。こういったいたずらで彼女の家族を困らせるのは簡単すぎるほど簡単だった。しかし、今回は、皇帝が重要な会談で使う文書を盗み出すのだ。それも、誰よりも先に。 しかし、ここの錠前は今まで開けた中で一番難しかった。彼女は二股に分かれた掛け金を脇へ押しやりながら針で何度もタンブラーをいじり、釣り合い錘を叩いた。30秒近くかかって、やっと扉を開くことができた。記録の間は、エルダースクロールの保管されている場所だった。 文書は年代や地方、王国によって分類され整理されており、ポテマはすぐに目的の文書を見つけることができた。『神の恩寵によってタムリエルの聖シロディール皇帝ユリエル・セプティム二世陛下およびその娘ガラナ姫とソリチュードのマンティアルコ王陛下との間に交わされた結婚に関する契約』である。彼女はこの戦利品を掴むと、記録の間の扉を再びしっかりと施錠して立ち去った。皇帝の出した使いの従者は、まだ姿も見えていなかった。 舞踏場に戻り、壁の石をはずすと、ポテマは再び隣の部屋の会話に聞き耳を立てた。数分のあいだ、ノルドと彼女の父、そして祖父の3人は、天気の話や退屈な外交的会話をしているだけだった。やがて、足音と若者の声が聞こえた。使いの従者だった。 「皇帝陛下、記録の間中を探しましたが、お探しの文書は見つかりませんでした」 「ほら、言ったでしょう」と、ポテマの父の声が言った。「最初からそんな文書はなかったんですよ」 「しかし、この目で見たんですよ!」ノルドの声は怒りに震えていた。「我が国王と皇帝陛下がその文書に署名したとき、私はそこにいたんです!」 「私の父を、タムリエルの支配者である皇帝を、疑っておられるわけではないでしょうな。なにしろ、これではっきりしたわけですから。あなたが… 勘違いをしておられたと」ペラギウスの声は低く、脅しを含んでいた。 「とんでもない」ノルドは、すでに敗北を認めていた。「しかし、国王になんと報告すれば? 皇帝家との婚戚関係も結べず、契約金も、つまり、私と国王が契約金だと思っていた金も、返ってこないとなっては?」 「ソリチュード王国との間に遺恨を残すことは、避けねばならない」皇帝の声は弱々しかったが、はっきりと聞こえた。「マンティアルコ王には、ガラナ姫のかわりに孫娘をやろう。それでどうかな?」 ポテマは、隣の部屋の冷たい空気が彼女に降りかかってくるのを感じた。 「ポテマ姫ですか? まだお若すぎるのでは?」と、ノルドがたずねた。 「あの子は13歳です」父の声が答えた。「充分結婚できる歳でしょう」 「あの子ならよい女帝になるだろう」と、皇帝が言った。「あの子は、私がみたところ、内気で純情なところがあるようだが、すぐに宮廷での振る舞いかたを身に付けるだろう── なんといっても、あの子もセプティムの血を引いているのだから。うわついたところもなく、尊大でもなく、素晴らしいソリチュードの女王になるに違いない」 「皇帝の孫娘は、皇帝の娘の代わりにはなりません」と、ノルドが、沈み込んだ声で言った。「しかし、お断りする理由もありません。国王に申し伝えます」 「下がってよい」と、皇帝が言い、ポテマはノルドが部屋を出る音を聞いた。 ポテマの目から涙があふれ落ちた。彼女は、ソリチュードの国王のことも暗記していた。マンティアルコ、62歳で、太っている。そして、彼女はソリチュードがどんなに遠くにあるか、どんなに寒い最北端の地かも、よく知っていた。父と祖父は、野蛮なノルドの国へ彼女を追いやろうとしているのだ。隣の部屋の会話は続いていた。 「よくやったな。文書はちゃんと燃やしておくんだぞ」と、父の声が言った。 「何ですって、皇太子殿下?」と、従者が不満そうな声で聞き返した。 「皇帝とソリチュード国王の契約書だ、わからんのか。あの文書の存在をなかったことにするんだ」 「皇太子殿下、私は真実を申し上げました。その文書は、記録の間には見当たりませんでした。なくなっていたのです」 「ああ、ロルカーンよ!」父の声がわめいた。「どうしてこの王宮のものはそう次から次へとなくなるんだ? 記録の間へ戻って、見つかるまで探し続けろ!」 ポテマは、文書に目をやった。ガラナ姫がソリチュード国王と結婚しない場合、何百万もの金が支払われるという契約。その文書を父の所へ持って行けば、もしかすると褒美としてマンティアルコとの結婚を取り消してもらえるかもしれない。いや、それよりも、この文書で父と皇帝を脅迫すれば、相当な大金を手に入れられるのではないだろうか。そして、大金なら、ソリチュードの女王になればどれだけ私腹を肥やせるかわからない。デイドラのカタナはもちろん、欲しいものは何でも買えるだろう。 やり方はいくらでもある。ポテマは思った。もう、少しも退屈ではなかった。 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第2巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀82年 十四歳になる孫娘のポテマ姫と、ノルドのソリチュード王国のマンティアルコ王との結婚から1年後、皇帝ユリエル・セプティム二世は逝去した。皇位を継いだ息子のペラギウス・セプティム二世は枯渇した財政状況に直面し、亡き父の管理能力の乏しさを思い知らされることとなる。 ソリチュードの新女王となったポテマは、ノルドの旧家から部外者扱いされ、彼らの反感を買った。マンティアルコ王は、民に愛された前女王に先立たれていた。彼女にはバソーグ王子というひとり息子がいた。王子は義理の母よりも2歳年上で、彼女のことを愛していなかった。が、王は女王をこよなく愛し、流産につぐ流産にも手を取り合って耐え忍んだ。女王が29歳のとき、夫婦はようやく男の子を授かった。 第三紀97年 「この痛みをなんとかしなさい!」ポテマは歯をむいてわめいた。治療師ケルメスはすぐさま陣痛に苦しむメスの狼の姿を思い浮かべたが、脳裏から消し去った。実際のところ、彼女は反対派から“狼の女王”と呼ばれていたが、容姿が似ているからというわけではない。 「女王様、私に癒せぬ傷はございません。その痛みは自然のもの。出産には欠かせない痛みなのです」ケルメスはさらに慰めの言葉を継ごうとしたが、彼女の投げつけた鏡をよけるために話を一時中断しなくてはならなかった。 「私はブタ鼻のイモ女じゃないわ!」ポテマは怒鳴りつけた。「私はソリチュードの女王なの、皇帝の娘なの! デイドラを召喚しなさい! ひとときの安らぎを得るためなら、家来の魂をひとつ残らず売ってやるわ!」 「ポテマ様」と、治癒師はいらついて言った。カーテンを引いて冷たい朝陽を覆い隠した。「冗談でも滅多なことを言うものではございません。オブリビオンはいつも、そうした軽はずみな放言に目を光らせているのですよ」 「あなたにオブリビオンの何がわかるというの?」ポテマはうなった。だが、その声音はそれまでよりも静かで落ち着いていた。痛みがやわらいだのだ。「私が投げつけた鏡を取ってもらえないかしら?」 「また投げつけるおつもりですか、女王様?」治癒師は引きつった笑みを浮かべて、言われたとおりにした。 「おそらくね」と、ポテマは鏡に映った顔を見ながら言った。「それに、今度ははずさないわ。それにしてもひどい顔。ヴォッケン卿はまだロビーでお待ちになられてるの?」 「はい、女王様」 「だったら、髪を整えてから会いますと伝えておいて。それと、ふたりきりにしてほしいの。痛みが戻ってきたら大声であなたを呼ぶわ」 「仰せのままに、女王様」 数分後、ヴォッケン卿が私室に姿を見せた。彼はきれいさっぱりと禿げあがった男で、友人や敵から“禿山ヴォッケン”と呼ばれていた。しゃべるときの声は低くうなる雷鳴のようだった。女王はヴォッケンに対していささかもひるむことのない数少ない人物だった。彼は笑みを投げかけた。 「ポテマ様、ご気分はいかがですか?」と、ヴォッケンは訊いた。 「最悪だわ。けど、禿山ヴォッケンには春風が吹いたみたいね。戦士長に選ばれたんだもの、嬉しくて当然だわ」 「あくまで一時的な措置ですから。マンティアルコ王が、前任のソーン卿が反逆罪を犯しているという噂の裏づけをとるため、証拠を追っているあいだだけでしょう」 「私が指示したとおりに証拠を植えつけてあれば、夫はきっと見つけるわ」ポテマはベッドで身を起こしながら微笑んだ。「ところで、バソーグ王子はまだ街にいるの?」 「なんたる質問でしょう、女王様」禿山が笑った。「本日は“スタミナ競技会”の日ですぞ。王子が参加しないわけがございません。毎年のように新手の護身術を編み出して、試合で披露するのですから。去年の競技会を覚えていらっしゃいますか。王子が鎧もつけずにリングに上がるや、二十分にわたって六人の剣士の攻撃を受け流し、傷ひとつなく試合を終えたのでしたな。あの勝負を亡き母上、アモデサ女王に捧げておられました」 「ええ、覚えてるわ」 「王子は私やあなたの友人ではありませんが、しかるべき敬意は払わねばなりません。あの動きはまるで稲妻のようだ。あなたは冗談じゃないと思うかも知れませんが、王子はいつもみずからの無骨さを味方につけていられるようだ。そうやって挑戦者を振り切るのです。あのスタイルは南のオークから学び取ったものだと言うものもいます。なんらかの超自然的な力で敵の攻撃を先読みするすべをオークから学んだのだと」 「超自然的でもなんでもないわ」と、ポテマは静かに言った。「父親から受け継いだのよ」 「マンティアルコ王があのような動きを見せたことはございませんが」ヴォッケンはくすくすと笑った。 「夫がそうしたとは言ってないわ」と、ポテマは言った。目を閉じて歯ぎしりをした。「痛みが戻ってきたわ。治療師を連れてきてちょうだい。けど、その前に訊きたいことがあるの。新しい離宮の建設はもう始まったのかしら?」 「ええ、おそらくは」 「おそらくじゃだめ!」ポテマは叫んだ。歯を食いしばり、唇をかみしめ、一筋の血があごを滴り落ちていた。「絶対じゃないと! すぐにでも工事に取りかかるように手配してちょうだい! 今日からよ! あなたの未来も、私の未来も、この子の未来もそれにかかってるの! わかったら、行って!」 四時間後、マンティアルコ王が寝室に入ってきて、生まれたばかりの息子と顔を合わせた。王がポテマのおでこにキスをすると、彼女は弱々しく笑いかけた。赤ん坊を抱かせられると、王の目からひと粒の涙がこぼれた。それからすぐにもうひと粒、さらにもうひと粒。 「あなた──」と、ポテマは愛情たっぷりに言った。「センチメンタルな人だとは思ってたけど、筋金入りなのね」 「この子はただの赤子じゃない。もちろんかわいらしいし、美人の母親にそっくりだよ」マンティアルコは妻のほうを向いた。悲しげだった。年老いた顔が苦痛にゆがんでいた。「わが妻よ、宮廷で問題が起きた。この子が生まれてこなかったら、わが統治時代におけるもっとも暗い一日となっていたことだろう」 「何が起きたの? 競技会でのこと?」ポテマはなんとかベッドで身を起こした。「バソーグが怪我でもしたの?」 「いや、競技会とは関係ない。が、バソーグとは関係がある。こんなときに心配をかけたくはないのだが、おまえには休息が必要なのに」 「言ってちょうだい、あなた!」 「出産祝いにおまえを驚かせてやろうと思ってな、旧離宮を徹底的に修繕したのだよ。とても美しい宮殿だ。いや、美しかったと言うべきか。気に入ってもらえると思ったよ。実のところ、ヴォッケン卿のアイデアだったのだ。アモデサがひいきにしていた場所だった」王の声が苦々しさを帯びていった。「ようやくその理由がわかったよ」 「いったい何があったの?」と、ポテマはそっと訊いた。 「アモデサはあそこで私を欺いていたのだ。わが忠実なる戦士長、ソーン卿と。ふたりが取り交わした手紙があった。人道にもとることが書き連ねてあったよ。が、本当にひどいのはここからだ」 「ここから?」 「その手紙の日付がバソーグの生まれた時期と一致していたのだ。私が手塩にかけて育ててきた息子なのに」マンティアルコはいかにもつらそうに声を詰まらせた。「バソーグはソーンの子だった。私の子ではないのだ」 「ああ、なんてことでしょう」と、ポテマは言った。この老人に同情さえしていた。彼の首に腕をまわした。彼女とふたりの息子の目の前で、王はむせび泣いた。 「それゆえに」と、マンティアルコは静かに言った。「バソーグは私の世継ぎではなくなった。王国から消えてもらうことになろう。今日われらが授かった子が、将来のソリチュードを統治するのだ」 「それだけじゃないわ」と、ポテマは言った。「この子は皇帝の孫でもあるの」 「この子をマンティアルコ二世と名づけよう」 「素敵な名前だわ、あなた」と、ポテマはそう言い、涙の筋がついた王の顔にキスをした。「けど、ユリエルなんてどうかしら。私たちを結びつけてくれた、私の祖父である皇帝にちなんで」 マンティアルコ王は妻に微笑みかけ、うなずいた。扉をノックする音がした。 「閣下」と、禿山ヴォッケンが言った。「ご子息のバソーグ王子が競技会を終え、父上から表彰されるのをお待ちになられております。バソーグ様は九人の射手の攻撃にみごと耐えてみせ、ハンマーフェルから持ち込んだ巨大サソリにもひるみませんでした。観客はみなバソーグ王子の名を叫んでおります。王子は『殴られない男』だと」 「すぐに会おう」マンティアルコ王は沈んだ声でそう言うと、寝室をあとにした。 「あら、王子だって殴られるわ」と、ポテマは疲れた声で言った。「ちょっとした根回しが必要だけどね」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第3巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀98年 今年も残りあと2週間というとき、皇帝ペラギウス・セプティム二世が逝去した。「北風の祈祷祭」のさなかの星霜の月15日のことで、帝都にとっては悪い兆しだと考えられた。皇帝が統治した17年間は苦難の連続だった。枯渇した財源をうるおそうと、ペラギウスは元老院を解散させ、その地位を買い戻させたのだ。有能だが貧しい評議員を何人か失った。皇帝は復讐に燃える元老院のメンバーによって毒殺されたのだ、多くのものがそう口にした。 亡き父の葬儀と新皇帝の戴冠式に出席するため、皇帝の子供たちが帝都にやってきた。末っ子のマグナス王子は19歳で、アルマレクシアから帰郷した。彼はそこで最高裁判所の審議官を務めていた。21歳になるセフォラス王子はギレインからレッドガードの花嫁、ビアンキ王女を連れて帰ってきた。長男のアンティス王子は43歳になる推定皇位継承者で、父とともに帝都で暮らしていた。最後に現れたのは、「ソリチュードの狼の女王」と呼ばれる一人娘のポテマだった。30歳になるまばゆいばかりの美女で、壮観な従者の一団を連れて、初老のマンティアルコ王と1歳になる息子のユリエルとともにやってきた。 当然のことながら、アンティオカスが皇位を継ぐものと思われていた。狼の女王に何かを期待するものはいなかった。 第三紀99年 「今週になって、毎日夜中近くに、ヴォッケン卿が数人の男をポテマ様の私室に連れ込んでおりました」と、諜報参謀は言った。「ご主人にそれとなく気づかせればおそらく──」 「ポテマは征服の神、レマンとタロスの信奉者だ。愛の女神、ディベラではない。その男たちと乱交に及んでいるのではなく、何かを企んでいるのだろう。誓ってもいいが、妹よりも私のほうが男とベッドをともにした経験が豊富だろう」アンティオカスはげらげらと笑ってから、真剣な顔つきになった。「元老院が戴冠を先延ばしにしている裏では妹が絡んでいるのだろう。まちがいない。もう6週間になる。書類の更新と戴冠式の準備に時間がかかるということらしいが。皇帝はこの私だ! 堅苦しいことは抜きにして、冠をかぶせてくれ!」 「たしかにポテマ様はあなたの友人ではございませんが、要因は他にも考えられますぞ。お父上がいかに元老院を冷遇されたか、お忘れではあるまい。警戒すべきは彼らのほうでしょう。必要とあらば、手荒い説得もやむをえませんな」諜報参謀はそう言うと、意味ありげにダガーを突いてみせた。 「かまわん。が、めざわりな狼の女王にも見張りをつけておけ。私がどこにいるかはわかってるな」 「どちらの遊郭でしょうか?」と、諜報参謀は訊いた。 「今日は金曜ゆえ、『猫とゴブリン』であろう」 ポテマ女王のもとに訪問者はなかったと、諜報参謀はこの夜の報告書に書きこんだ。というのも、ポテマは御苑の向かいにある蒼の宮殿で、実母であるクインティラ女帝と夕食をとっていたからだった。冬にしては暖かい夜で、昼間の嵐が嘘のように空には雲ひとつなかった。地面はたっぷり水を吸い込んでいたため、格式ばった庭園は水を撒いたあとのような光沢を放っていた。二人はワインを片手に広いバルコニーに向かい、地上を見下ろした。 「腹違いの兄さんの戴冠を妨害しようとしてるわね」と、クインティラは視線を合わさずに言った。時の流れは母親にしわを刻んだというよりも、しおれさせてしまっていた。そう、石に描かれた太陽のように。 「そのつもりはないわ」と、ポテマは言った。「でも、そうだと言ったら心が痛む?」 「アンティオカスは私の息子じゃないわ。私があの人と結婚したとき、アンティオカスは11歳だった。それからずっと疎遠なまま。あの子は推定皇位継承者になったせいで成長が止まったのよ。家庭を築いて立派な子供たちがいてもおかしくない年齢なのに、あいかわらず道楽と女遊びにふけってる。立派な皇帝にはなれないわ」クインティラはため息をついて、ポテマのほうを向いた。「けど、不満の種を撒いても家族のためにはならない。派閥に分かれるのは簡単だけど、絆を結びなおすのはとても難しい。帝都の未来が心配だわ」 「そんなことを言うなんて── お母さん、ひょっとしてもう長くないの?」 「凶兆が見えたわ」クインティラははかない、皮肉めいた笑みを浮かべた。「忘れないで、私はカムローンでは高名な妖術師なのよ。私の命はあと数ヶ月。それから一年もしないうちに、あなたの夫も亡くなるわ。心残りがあるとしたら、成長したユリエルがソリチュードの王になるところを見届けられないことね」 「お母さんには見えたのかな──」ポテマは言いよどんだ。自分の計画をぺらぺらと話すべきではなかった。その相手が、死にかけている母親であっても。 「ユリエルが皇帝になれるかどうかって? その答えもわかってるわ。心配しないで。あなたはその答えを見届けられるわ、いずれにしても。ユリエルに贈り物があるわ、大人になったときのために」女帝は大きな黄色の宝石がひとつ埋め込まれたネックレスを首から外した。「魂の宝石よ。雄々しい人狼の霊魂が吹き込まれているの。私とあの人が36年前に戦って倒したのよ。幻惑系の魔法をかけてあるから、着用者は望んだ相手を魅了できるわ。王様にはもってこいのスキルでしょう」 「皇帝にもね」ポテマはネックレスを受け取った。「ありがとう、お母さん」 一時間後、手入れされた一対の植え込みから伸びる黒い枝の脇を通りすぎたとき、ポテマは不穏な影に気づいた。その影は私室へと続く小道に立っていたが、ひさしの落とす闇の中へ消えた。あとをつけられていることには気づいていた。宮中の生活にはこうした危険がつきまとう。が、この影は彼女の私室に近づきすぎていた。ポテマは首のネックレスにそっと指をすべらせた。 「姿を見せなさい」ポテマは命じた。 男が暗がりからすっと出てきた。浅黒い小柄な中年の男で、黒く染めたヤギ皮をまとっていた。視線は凍りついたようにじっと動かない。魔法がきいているのだろう。 「誰に命じられたの?」 「わが主人、アンティオカス王子」と、男は死人のような声で言った。「私は王子のスパイ」 ある計画を思いついた。「王子は書斎にいるの?」 「いいえ」 「鍵は持ってるの?」 「はい、女王様」 ポテマは満面の笑みを浮かべた。この男はもう私のものだわ。「案内してちょうだい」 翌朝、またもや嵐が吹き荒れた。たたきつけるような風雨が壁や天井を打ち鳴らし、アンティオカスを苦しめた。昨晩遅くまで痛飲したのだが、若かりしときのように二日酔い知らずというわけにはいかないらしい。彼はベッドをともにしているアルゴニアの娼婦を激しく揺さぶった。 「たのむから窓を閉めてくれ」と、アンティオカスはうめいた。 窓が閉められるやいなや、扉にノックの音がした。諜報参謀だった。王子に微笑みかけると、一枚の紙を手渡した。 「こいつはなんだ?」と、アンティオカスは横目で見ながら言った。「まだ酔いがまわってるらしい。オークの字みたいに見えるよ」 「きっとお役に立ちましょう。ポテマ嬢がお見えになられていますぞ」 アンティオカスは服を着ようか娼婦を追い出そうか迷ったが、思いなおした。「部屋に通せ。あいつをカチンとこさせてやろう」 ポテマがカチンときたにせよ、表情には出さなかった。オレンジとシルバーのシルクにくるまって、勝ち誇った笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。人間山脈ヴォッケン卿がすぐあとをついてきた。 「こんばんは、兄さん。昨晩、お母さんと話してね、とっても知的なアドバイスをいただいたの。公の場では兄さんと戦うなと言われたのよ。家族と帝都のためを思って。そういうわけで──」そこまで言うと、法衣のふところから一枚の紙を差し出した。「兄さんに選ばせてあげるわ」 「選ぶ?」アンティオカスは笑みを投げ返した。「それはどうもご親切に」 「皇位をみずから放棄してちょうだい。そうすれば元老院にこれを見せる手間がはぶけるわ」ポテマは義兄に手紙を手渡した。「兄さんの印章つきの手紙よ。自分の父親がペラギウス・セプティム二世じゃなくて、宮廷執事のフォンドウクスだってことを兄さんは知っていましたって告白してあるの。さあこれで、この手紙を書いたかどうかを否定するまでもなく、兄さんは噂を否定できなくなるわ。それに、元老院はきっと、あの元皇帝なら奥方を寝取られてもさもありなんと信じるでしょうね。にっくき相手だもの。真実がどうあれ、手紙がいんちきであろうとなかろうと、このスキャンダルで兄さんが皇帝になれるチャンスは吹っ飛ぶわ」 アンティオカスは青ざめた顔で憤っていた。 「心配ないわ、兄さん」ポテマは兄の震える手から手紙をひったくった。「快適な隠遁生活を送れるようにしてあげるから。心が望むだけ、その下半身が望むだけ、娼婦をあてがってあげる」 と、アンティオカスはいきなり笑い出すと、諜報参謀に目配せした。「そういえば、私がこっそり隠していたカジートの春画を見つけ出して、脅迫してきたことがあったな。かれこれ20年も前になるか。おまえも気づいたはずだが、最近は鍵もかなり進歩しててね。自分の力では望んだものが手に入らないとわかって地団駄を踏んだことだろうな」 ポテマはただ笑ってみせた。だからなんだっていうの。もうこっちのものだもの。 「ここにいる私の従者を魅了してまんまと書斎に入り込み、印章を使ったんだな」アンティオカスはにやにや笑った。「呪文を使ったか。魔女の母親に教わって?」 ポテマはひたすら笑みを浮かべていた。義兄は思ったよりも頭が切れるわ。 「魅了の呪文は、どんなに強力なものでも、後に効力が消えることを知っているか? もちろん、知らなかったろう。魔法はおまえの得意とするところじゃなかったからな。ひとつ教えてやろう。長い目で見れば、呪文をかけるより、俸給をふんぱつしたほうが奉公人はより長い間仕えてくれるものさ」今度はアンティオカスが一枚の紙を取り出した。「それでは、おまえに選択肢を与えよう」 「どういうこと?」と、ポテマは言った。笑顔はしおれかけていた。 「意味不明なものにしか見えないが、心当たりがあるならはっきりとわかるだろう。練習用紙だよ。私の筆跡に似せようとしているおまえの筆跡でいっぱいの。いい贈り物をもらったよ。以前にもやったことがあるんじゃないのか、他人の筆跡をまねたことが。そういえば、おまえの旦那の亡くなった奥方が書いたとされる、夫婦の第一子は婚外子と告白した手紙が見つかったそうだな。その手紙もおまえが書いたんじゃないのか。おまえがくれたこの証拠を旦那に見せたら、あの手紙もおまえが書いたものだと信じるかもしれないな。いいかね、狼の女王。今後いっさい、同じような罠をしかけようなんて思いなさんな」 ポテマはかぶりを振った。はらわたが煮えくり返ってしゃべることもできなかった。 「そのいんちきの手紙をよこすんだ。で、ちょっと雨にでも打たれてくるといい。そして、のちほど、私を皇位につかせないためにおまえがどんな陰謀をたくらんでいたのか白状してもらうとしよう」アンティオカュスはポテマをまっすぐに見すえた。「私は皇帝になるつもりだよ、狼の女王。さあ、行くがいい」 ポテマは義兄に手紙を手渡すと、部屋を出ていった。廊下に出てからしばらく、言葉が出てこなかった。大理石の壁についた目に見えないほど細かい裂け目からしたたり落ちる銀色の雨水をじっとにらんでいた。 「ええ、皇帝になるがいいわ」と、ポテマは言った。「けど、いつまでもというわけにはいかない」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第4巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀1世紀の賢者モントカイ 第三紀109年 タムリエルの皇冠を授かってから10年、アンティオチュス・セプティムは、臣下に彼の大いなる肉体的快楽の渇望以外の印象をほとんど与えなかった。104年、第2夫人グィシラとの間に産まれた娘は、彼の大叔母であった女帝の名にちなんでキンタイラと名付けられた。ふくよかに肥え太り、治療師が知る限り全ての性病の兆候が見られる皇帝は、政治に時間を費やすことはほとんどなかった。アンティオチュスの兄弟たちは、彼とは対照的に、この分野では彼より優れていた。リルモスのシロディールの女王ヘレナ──彼女の夫であったアルゴニアンの司祭王は処刑されてしまった──と結婚したマグナスは、ブラック・マーシュでの帝国権益に優れた手腕を見せていた。セフォラスと彼の妻ビアンキは、すくすくと育ちつつある子供達と共に、ハンマーフェルのギレイン王国を統治していた。しかし、スカイリムのソリチュード王国を統治する狼の女王ポテマほど、政治的に活躍していた者はいなかった。 夫のマンティアルコ王が没してから9年、ポテマはなお摂政として幼い息子ユリエルの補佐に当たっていた。宮廷は大いに賑わい、とりわけ皇帝に反感を覚える為政者たちの集う所となっていった。スカイリムの全ての国王たちは何年も定期的にソリチュード城を来訪していた。モロウウィンドやハイ・ロックなどの地からの使節団も同様だった。もっと遠い地方から来た者もいた。 第三紀110年 ポテマは港に立ち、ピアンドニアから訪れるボートを見つめていた。灰色にうねる波々を掻き分けて進むタムリエル製の巨船を何度も見た事があるが、それと比べても決して風変わりには見えない。よく見ると確かに、薄く張られた帆やキチン質で無骨な船体は、そっくり同じとは言わないが、似たようなものをモロウウィンドで見たことがあるのだ。それどころか、明らかに外国のものであるあの旗がなければ、港に並ぶ他の船と見分けがつかなかったであろう。塩気の効いた霧の立ち込める中、彼女は別の島からの来訪者に向かって歓迎の意を込めて手を差し出した。 そのボートに乗っている男たちは、ただ青白いというより全く色を持っていなかった。白みがかった透明なゼリーで作られたかのようだった。しかし、彼女は予めそのことを知っていた。国王と通訳者が降りて来ると、彼らの虚ろな目をしっかり見つめながらポテマは握手を求めた。国王は、雑音のような声を出した。 「オルグナム王であられます」と、たどたどしく通訳者が言った。「女王陛下の美しさを称えております。危険な航海の手助けをして頂いて、感謝の念を抱いておられます」 「とてもシロディール語がお上手ですのね」と、ポテマは言った。 「私は四大陸の言語に精通しております」と通訳者が言った。「アトモラ、アカヴィル、それにこのタムリエルの住人とも、故郷のピアンドニアの住人と同様に会話することが出来ます。実際のところ、ここの言葉が最も簡単ですね。私も、この航海は楽しみにしていました」 「この地で陛下は歓迎されていると、それから、何か欲しいものがあれば取り計らうと伝えてください」とポテマは笑って言うと、「ニュアンスは理解できていますか? 私が敬意を表していることを」と付け加えた。 「もちろんです」と通訳者はうなずいた。そして、彼が二言三言ボソボソと国王に何か言うとオルグナムは笑顔を見せた。彼らが話し込んでいる間波止場の方に目をやると、そこに今や見慣れた灰色の衣に身を包む男達が、アンティオチュスの家臣レヴレットと話しながら自分を見ているのに気づいた。それはサムーセット島のサイジック教団の連中である。とてもやっかいであった。 「外交特使を務めるヴォーケン公が、陛下をお部屋へ案内します」とポテマは言った。「非情に残念ではありますが、もう一組お迎えしなくてはならない客人がいらっしゃったようです。どうかご理解頂けますよう」 オルグナムが了解の意を表すと、彼女はその晩のピアンドニアの人々との夕食会の準備をさせた。例のアイジックと会うのには、多大な精神力が必要となるのだ。一番シンプルな黒服と金のローブ身を包むと、準備のため国賓室へと足を向けた。息子のユリエルは、玉座でペットのヨーグハットと遊んでいた。 「おはよう、お母さん」 「おはよう、ユリエル」そう言って、彼の体を持ち上げた。「まあ、しかし重いわね。こんなに重い10歳の子なんて、私、抱っこした事はないわ」 「きっと、僕が11歳だからだよ」とユリエルは彼女の冗談に調子を合わせて言った。「もう11歳になるんだったら、勉強に精を出すようにって言うんでしょう?」 「あなた位の年には、私は勉強に夢中だったものよ」 「僕は王様だもん」と、ユリエルは口を尖らせて答えた。 「でも、それに満足しちゃいけないわ」と、ポテマは言った。「すぐにでも皇帝になってもらいたいのですからね。分かっていますか?」 ユリエルはうなずいた。その瞬間、彼がタイバー・セプティムそっくりに見え彼女は驚いてしまった。冷酷な額、力強い顎。彼が年を取って子供らしいふくよかさが抜けたならば、その姿は偉大な大叔父に生き写しとなるだろう。その時、彼女の背後でドアの開く音がして、案内係が例の灰色の衣を着けた男たちを引き連れてきた。彼女が少し身を強張らせると、ユリエルは玉座から跳び下りて、部屋を出る間際、アイジックたちの代表者に挨拶をするため立ち止まった。 「おはようございます、アイアチェシス導師」と1音節ずつ区切った、王位にふさわしい調子でユリエルは言ってみせた。ポテマは心臓が飛び出しそうだった。「このソリチュード城、お気に召して頂けたのなら幸いですが」 「ええ、ユリエル王、みな気に入りましたとも」とアイアチェシスは喜んで言った。 背後のドアを閉めて、アイアチェシスとアイジックたちが部屋に入って来た。少しの間玉座に腰掛けていたポテマは、そこを降りて客人たちと挨拶を交した。 「お待たせしてすみませんでした」と彼女は言った。「はるばるサムーセット島から来てくれたのだもの。これ以上、お待たせするわけにはいきませんね。どうぞお許しを」 「なになに、大して長い航海ではありませんがね」灰色の衣をまとった者の中の1人が怒った風に言った。「ピアンドニアから来るわけでもありませんし」 「先ほど着かれた私の客人を見ましたのね。オルグナム王と従者の方達ですわ」とポテマは明るい口調で返した。「きっと、あの方達をもてなすのを、不思議に思っていらっしゃるんでしょうね。私達タムリエルは、ピアンドニアの方達を侵略者だと考えていますから。この件に関しても、他の全ての政治的問題と同様に中立を守るおつもりですね?」 「もちろんです」と、アイアチェシスは堂々と答えた。「ピアンドニアの侵入によって、我々が得るところも失うところもありはしません。我々サイジック教団は、セプティム王朝のいかなる組織にも隷属しませんし、誰が政権を取ろうとも生き延びてみせますよ」 「どんな雑種犬の毛皮にも潜り込もうとするノミみたいですね?」とポテマは目を細めて言った。「あまり自分を過大評価しない方がよろしくてよ、アイアチェシス。あなたの結社の子供たち、魔道士ギルドはすでにあなたがたの倍の力を持ってるし、その魔道士ギルドは完全に私の側についております。私達はちょうど、オルグナム王と協定の交渉を進めております。ピアンドニアと手を組んで、私がこの大陸で相応しい地位に、つまり女帝になったら、秩序の中で貴方に相応しい地位がどこなのかをお見せいたしますわ」 灰色の衣の者達からの視線も構わず、ポテマは堂々とした足振りで国賓室を後にした。 「レヴレット公と話しておくべきでしょう」と、灰色の衣の1人が言った。 「そうだな」とアイアチェシスは返した。「そうすべきだな」 レヴレットは、すぐに馴染みの居酒屋、「月と船酔い」に姿を現した。アイアチェシスに率いられて3人の灰色の衣のものたちが酒場に足を踏み入れると、彼らが通ったあとは煙と喧騒が一気に消えうせるようだった。煙草とフリンの匂いでさえ消え失せた。レヴレットは立ち上がると、一行を階上の小部屋へと案内した。 「考え直してくれたか」と言ってレヴレットはにんまりと笑ってみせた。 「諸君の皇帝は──」と切り出してからアイアチェシスは言い直した。「我々の皇帝はまず1,200万の金片と引き換えに、ピアンドニアの戦艦からタムリエルの西岸を防衛してくれるように、と打診してきたよ。そこで、我々は5,000万で引き受けると応じた。ピアンドニアの侵攻が引き起こす危険を熟慮すれば、いずれ皇帝の要求を飲まねばならないだろうがね」 「魔道士ギルドだったら、もっと気前よく──」 「きっと、何とも安上がりなことに、1,000万で飲むだろうね」とイエチェスは口早に言葉を被せた。 ポテマは夕食をとりながら、オルグナム王と通訳者を介して兄への謀反を進める取り決めを交わしていた。これほど異なった文化を持つ相手にも自分の色香の通ずることが分かって、彼女は非情に嬉しくなった。その夜、外交上の手段ではあったが、彼女は国王とベッドを共にした。しかし、彼が今までで最高の恋人であることをポテマは発見したのだ。事の前に、彼は或る香草を寄越した。それは、まるで時間の表面を漂っているような心持にさせるもので、いつの間にか自分が愛を求める仕草に没頭していることに彼女は気付くしかなかった。あたかも自分は冷たい霧のようであり、そして彼の繰り返される欲求の火を冷却しているような気分になってくるのだ。朝、ポテマの頬にキスをしたオルグナムの、その睫毛の無い白目が別れを告げるのを見てポテマは悲しみに貫かれた。 その朝船は港を出発し、サムーセット島、そして来るべき侵攻に向かった。海へ乗り出す船に向け、誰かの足音が背後に迫るまでポテマは手を振っていた。足音はレヴレットのものであった。 「アイアチェシスの連中は800万で手を打ちましたよ、陛下」 「ありがとう」ポテマは言った。「謀反には、まだ時間がかかりそうよ。彼らには国庫から支払っておいて、それから帝都に行ってアンティオチュスから1200万を受け取ってきてちょうだい。このゲームの見返りは大きいはずだわ。もちろん、貴方にもよ」 それから3ヵ月後、ピアンドニアの艦隊が完全に壊滅したとポテマは知らされた。アルテウム島に忽然と現れた大嵐によるものであったらしい。そう、サイジック教団の拠点とする港があるところだ。こうして、オルグナム王と船員たちは全滅した。 「時には、敢えて憎まれることよ」と、息子のユリエルを抱き締めながら彼女は囁いた。「そうすることで大きな利益が手に入るの」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第5巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀2世紀の賢者インゾリカス 第三紀119年 21年間に渡って皇帝アンティオカス・セプティムはタムリエルを治め、道徳面でのだらしなさにもかかわらず有能な指導者であることを証明した。最大の勝利と言えるのが110年に行われたアイルの戦いであり、帝都艦隊とサマーセット・アイル海軍は、サイジック教団の魔力と力を合わせ、侵略してくるピアンドニアの大艦隊を壊滅させることに成功した。皇帝の兄弟であるリルモスのマグナス王、ギレインのセフォラス王、そしてソリチュードの狼の女王ことポテマも、それぞれ良く治め、帝都とタムリエルの諸王国との関係は非常に良好なものとなった。それでも、帝都と、ハイ・ロックおよびスカイリムの王たちと間に横たわる傷跡は、何世紀にも渡って放置されたとしてもすべて消えるわけではなかった。 妹とその息子ユリエルが珍しく訪ねてきていた間に、即位してから様々な病気を患っていたアンティオカスは昏睡状態に陥った。何ヶ月にも渡って彼は生と死の境目をさまよい、その間に元老院は15歳になる彼の娘キンタイラを後継者として即位させる準備を進めた。 第三紀120年 「お母さん、キンタイラと結婚はできないよ」と、提案に機嫌を損ねたというよりはおもしろがっている様子でユリエルが言った。「彼女はいとこじゃないか。それに確か、元老院の貴族モデラスと婚約しているはずだよ」 「潔癖性ねえ。物事には外せない時機と場所があるのに」と、ポテマは言った。「でもモデラスについては言うとおりね。それにこの重要な時期に元老院を怒らせるのも良くないわ。ラクマ王妃についてはどう思う? ファーランではずいぶん長く一緒にいたわよね」 「彼女はいいと思うよ」と、ユリエルは言った。「まさか、淫らな話まで聞きたいというわけではないよね?」 「それは遠慮しておきます」と、顔をしかめながらポテマが言った。「でも結婚はするの?」 「たぶんね」 「いいわ。じゃあ私がお膳立てするから」と、忘れないように書き留めてからポテマが続けて話した。「レロモ王を同盟者としてつなぎ止めておくのはたいへんだったけど、政略結婚でファーランを味方につけておけるはずだわ。必要な存在だものね。葬式はいつ?」 「誰の?」と、ユリエルは言った。「アンティオカス伯父さん?」 「当たり前でしょう」ポテマがため息をついた。「最近、他に誰か注目すべき人が死んだとでも?」 「レッドガードの子どもたちがたくさん廊下を走り回ってるから、たぶんセフォラスが到着したんだと思う。マグナスも昨日宮廷に来たから、もうすぐなんじゃないかな」 「じゃあそろそろ元老院に演説を聞かせなきゃ」と、笑いながらポテマが言った。 いつもの色彩豊かな婦人服ではなく、黒い服を彼女は身にまとった。嘆き悲しんでいる妹らしく見えることが大切だった。鏡に映し出してみると、53年間の自分の人生そのものがそこにあると思った。とび色の髪には白髪が目立っていた。スカイリム北部の長く寒い冬が、蜘蛛の巣のように薄く、シワの地図を彼女の顔に刻んでいた。それでも、微笑んでみせれば相手の心をつかむことはできるし、顔をしかめてみせれば恐怖を引き起こすことができるのを彼女は知っていた。目的のためにはそれで十分だった。 ポテマが元老院に対して行った演説は、弁論術を学ぶ学生たちにとっては大いに参考になるに違いない。 彼女はまず、追従と卑下から話を始めた。「我が友人であり、この上ない威厳と見識を兼ね備えておられる元老院議員の皆さま、一地方の女王に過ぎない私ではございますが、皆さまがすでに思案されているであろう問題をあえてここに持ち出さずにいられません」 さらに彼女は、欠点をものともせず愛される支配者であった亡き皇帝を褒め称えてみせた。「真のセプティム家の男として、また偉大なる戦士として、兄は――皆さま方のご助言を得て―― 無敵とされた隣国ピアンドニアの大軍も掃討しました」 しかしほとんど時間を無駄にすることなく彼女は肝心な点へと話を進めた。「残念ながらマグナ女帝は、我が兄の好色な気質を満たす手立てを何も取りませんでした。実の話、帝都のスラム街にいる娼婦の誰よりも数多くのベッドに横たわった経験を女帝はお持ちなのですが。もしも宮廷内の寝室でのお勤めをもっと誠実にやっておられれば、皇帝には本当の後継者ができていたはずです。我こそは皇帝の子だと言い張る、あの頭の弱い、腰抜けの畜生みたいな連中ではなく、本当の後継者がです。キンタイラとかいう娘はマグナと衛兵隊長との間にできた子だと広く信じられております。あるいは溜め池の掃除係の青年とマグナの子かもしれませんわね。確かなことは分かりません。我が息子ユリエルほど血統が明確な子は他にいないのです。ユリエルこそがセプティム王朝の末えいです。皆さま方、帝都の皇帝というのは、玉座に座った庶子という意味ではありません。それだけは間違いありません」 穏やかに、しかし実行動を要請する言葉で彼女は演説を締めくくった。「皆さま方が後世に恥じることのないよう、何をすべきかご存じのはずです」 その夜、宮廷の食堂室のうち彼女が最も気に入っている地図の部屋で、ポテマは兄弟とその妻たちをもてなした。壁全体に、帝都と、その外側にあって存在を知られているすべての大地、すなわちアトモラ、ヨクンダ、アカヴィリ、ピアンドニア、スラスが、色あせてきているとはいえまだ鮮やかに描かれていた。頭上には巨大なドーム型のガラス天井があり、雨に濡れ、天の星々の光をゆがめて映し出していた。一分おきに稲妻が光り、そのたびに亡霊のような奇妙な影が壁に映った。 「いつ元老院に話をするの?」と、料理が用意されてからポテマが聞いた。 「するかどうか分からないよ」と、マグナスは言った。「言うことなんて何もないし」 「キンタイラの即位が宣言されたら僕は話をするよ」と、セフォラスは言った。「僕とハンマーフェルは即位を支持するということを、形式的に示すためだけにね」 「ハンマーフェル全域を代表して?」と、からかうような笑みを浮かべてポテマが聞いた。「レッドガードはさぞかしあなたのことがお気に入りなんでしょうね」 「ハンマーフェルと帝都との関係は独特なのよ」と、セフォラスの妻ビアンキが言った。「ストロス・ムカイ条約以降、私たちは帝都の一部ということになったけど、支配下にあるわけじゃないわ」 「あなたはもう元老院にお話ししたようね」と、マグナスの妻ヘレナがきびきびした口調で言った。彼女は生まれつきの外交家だったが、アルゴニアン王国を統治するシロディールの支配者として、逆境を認めた上で立ち向かうやり方を知っていた。 「ええ、したわ」と、蒸し焼きのジャルフバードを味わうためにちょっと間をおいてからポテマが言った。「今日の午後、即位のことで短い演説をしたのよ」 「姉さんは、一流の演説家だからね」と、セフォラスは言った。 「言い過ぎよ」と、笑いながらポテマが言った。「演説より得意なことはたくさんあるわ」 「たとえば?」と、微笑みながらビアンキが聞いた。 「演説で何を話したのか訊ねてもいいかな?」と、疑わしげな顔でマグナスが聞いた。 食堂室のドアを誰かがノックした。給仕長が何ごとかをポテマにささやくと、彼女は微笑み返し、椅子から立ち上がった。 「賢明にことを進めてくれるのであれば、即位を全面的に支持すると伝えたのよ。それのどこに悪意があるというの?」そう言ってポテマはワインの入ったグラスを手にドアへと向かった。「ごめんあそばせ。姪のキンタイラが何かお話しがあるらしいの」 キンタイラは衛兵とともに廊下に立っていた。ほんの子どもではあったが、考えてみれば自分が彼女と同じ年の頃にはマンティアルコと結婚してすでに2年が経っていたのだ。似ている感じは確かにあった。黒い瞳と、大理石のようにきめが細かく滑らかで青白い肌をしたキンタイラは、ポテマの目にも若い女王らしく見えた。叔母の姿を目にして一瞬、キンタイラの瞳に怒りが浮かんだが、感情の乱れはすぐに去って、皇族らしい落ち着いた物腰になった。 「ポテマ女王……」と、キンタイラが穏やかに言った。「二日後に私の即位式が行われると聞きました。あなたの参列は歓迎されないでしょう。お荷物はあなたの召使いに命じてまとめさせてあります。今晩あなたが王国に帰るにあたり、護衛の者をおつけします。以上です。さようなら、叔母さま」 ポテマは言葉を返そうとしたが、キンタイラと衛兵は背を向け、廊下の先にある大広間へと戻っていった。狼の女王はその後ろ姿を見つめてから、地図の部屋に再び入った。 「義理の妹さん……」と、深い悪意を示してポテマがビアンキに呼びかけた。「演説よりも得意なのは何かって聞いたわよね? 答えは『戦』よ」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第6巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀2世紀の賢者インゾリカス 第三紀120年 アンティオカスの娘、15歳の女皇キンタイラ・セプティム二世の戴冠式は、蒔種の月3日に執り行われた。彼女の叔父であるリルモス国王マグナスとギレインの王セフォラスは式を見守ったが、叔母であるソリチュードの狼の女王ポテマはそれ以前に王宮を去っていた。ポテマは自分の王国に帰ると、反乱の準備を始めた。後にレッド・ダイヤモンド戦争と呼ばれる戦いの発端であった。皇帝の支配に不満を持つ諸国の王や領主たちが、新しい女皇に対する反乱軍に加わった。ポテマは何年も前からこれらの同盟国を増やしていたのだ。 反乱軍による、帝都に対する先制攻撃は成功した。スカイリム全域とハイ・ロック北部で、帝都軍は反乱軍の攻撃にさらされた。ポテマの反乱勢力は各地で暴動や謀反を誘発しながら、伝染病のようにタムリエル中に広がっていった。その年の秋、ハイ・ロック沿岸に位置し帝都側の同盟国だったグレンポイントの公爵が、緊急に帝都軍の応援を要請した。これを受けて、キンタイラは狼の女王に対抗する勢力の士気を高めるため、自ら兵を率いてグレンポイントへ向かった。 第三紀121年 「敵軍がどこにいるのかはわかりません」と、公爵は、当惑しきって言った。「郊外のあらゆる場所へ偵察を出したのですが。陛下の軍がこの地に到着したと知って、北方へ退却したのではないかと」 「こんなこと言ってはいけないけど、戦いたかったわ」と、キンタイラは言った。「叔母さんの首を串刺しにして、それを掲げて帝都中を行進したかったのよ。彼女の息子のユリエルは軍隊を帝都州の州境ぎりぎりに置いてこっちを挑発してるの。どうして反乱軍の勢力はこんなに勝ち進んでいるのでしょう? 彼らが戦いに強いの、それとも帝都の人たちは私が嫌いなの?」 秋から冬にかけて、何ヶ月も泥の中を行軍してきたキンタイラは疲れきっていた。ドラゴンテイル山脈を越える途中、彼女の軍隊はもう少しで伏兵の一団とはち合わせそうになった。穏やかな気候のはずのドワイネン男爵領で猛吹雪におそわれたのは、狼の女王側の魔術師のしわざに違いなかった。行く先々で、彼女は叔母の悪意を感じていた。そして今、その狼の女王と直接対峙できるという期待も裏切られてしまった。彼女はほとんど我慢の限界にきていた。 「純粋で単純な、恐怖による支配ですよ」と、公爵は答えた。「恐怖こそ、狼の女王の最大の武器です」 「聞いておきたいのだけど──」公爵の言う恐怖が声に表れないように努力しながら、キンタイラは言った。「彼女の軍隊を見たのですか? 彼女がアンデッドを召喚して兵士として使っているというのは本当ですか?」 「いいえ、実際にはその事実はありません、ただ、彼女はそういった噂が流れるように仕向けているのです。彼女はいつも夜間に攻撃を仕掛けます。戦略的な理由もあるでしょうが、そのような恐怖を呼び起こすためでもあるでしょう。私の知るかぎり、実際の彼女は、通常の軍隊にいるような魔闘士や処刑人以外の霊的な戦力は持っていません」 「夜襲ばかりというのは…」キンタイラは考え込んだ。「人数をわからなくするためだと思うわ」 「それに、こちらの気付かないうちに兵を配置に付けることができます」公爵が付け加えた。「彼女は奇襲の達人です。東から行軍の音が聞こえたときには、彼女の本隊はすぐ南まで近付いてきているのです。でも、こういったことは明日の朝話すことにしましょう。あなたがたのために、城の一番よい客間を用意しておきましたから」 キンタイラは塔の上に用意された彼女の部屋で、月の明かりと獣脂のろうそくの灯りを頼りに、帝都にいる婚約者のモデラス伯爵に手紙を書いた。彼女はこの夏にでも、祖母のクインティラが愛した蒼の宮殿で結婚式を挙げたかったのだが、この戦争がそれを許さないだろう。手紙を書きながら、彼女は窓の外の中庭と不気味な枯れ木を眺めた。胸壁の上に、帝都軍の兵士が2人、数フィートほど離れて立っていた。まるでモデュラスとキンタイラのようだと、彼女は思った。そして、その例え話を詳しく手紙の続きに書き始めた。 ノックの音がして、彼女の詩的な作業は中断された。 「お手紙です、陛下。モデュラス伯爵からです」と、若い使者が言って、彼女に手紙を渡した。 短い手紙だった。彼女は素早く目を走らせ、使者が下がって休もうとする前に読み終わって訊いた。「何か変だわ。彼はいつ、これを書いたの?」 「1週間前です」と、使者は答えた。「緊急の手紙だと言われたので、伯爵が兵を動員しておられる間に急いでお届けにまいりました」 キンタイラは使者を下がらせた。モデュラスの手紙には、グレンポイントでの戦闘のために援軍を要請する内容の手紙をキンタイラから受け取ったと書かれていた。しかし、グレンポイントでは戦闘は起こっていないし、彼女は今日やっとグレンポイントへ到着したばかりだった。誰が彼女の筆跡を真似て手紙を書き、モデュラスの率いる帝都軍を帝都からハイ・ロックへ誘い出したのか? 夜の空気が窓から流れ込み、寒気を感じたキンタイラはかんぬきを下ろすために窓のところへ行った。胸壁のところに、さっきの兵士たちの姿はなかった。枯れ木の陰からくぐもった揉み合いの声が聞こえ、そちらのほうに身を乗り出したので、キンタイラは背後で扉が開いたことに気付かなかった。 彼女が振り向くと、そこにはポテマ女王とグレンポイント公爵メンティンが、衛兵の一団を引き連れて立っていた。 「素早いですね、叔母様」と、彼女は一瞬硬直した後、口を開いた。それから公爵に向かって言った。「何があなたを寝返らせ、帝都に歯向かうように仕向けたの? 恐怖?」 「それと金ですよ」と、公爵が簡潔に答えた。 「私の軍はどうなったの?」と、キンタイラは、ポテマの顔を正面から見据えながら言った。「こんなに早く戦闘が終わったの?」 「あなたの軍は全滅したわ」と、ポテマが笑みを浮かべて言った。「戦闘はなかったけど。静かで、手早い暗殺だけよ。戦闘があるとしたら、ドラゴンテイルでモデュラスの軍を潰すときと、帝都に残ってる帝都軍の兵士たちを片付ける時ね。戦況はいつでも報告してあげるわ」 「それで、私はここであなたの捕虜になるってわけ?」キンタイラは、言いながらこの石造りの塔の強固さと高さに気付いた。「ちくしょう、なんてぶざまなの! 私は女皇なのよ!」 「悪いようにはしないわよ、あなたを5級の支配者から、1級の殉教者に昇進させてあげる」と、ポテマがウィンクしながら言った。「ありがたく思ってはくれないでしょうけどね」 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第7巻ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀2世紀の賢者インゾリカス 第三紀125年 グレンポイント城の塔で行われた女帝キンタイラ・セプティム二世の処刑の正確な日付については、いくつかの推理がなされている。121年に投獄されて間もなく殺されたと信じる者もあれば、ギレイン王であった叔父セフォラスが125年夏にハイ・ロック西部を再び征服する少し前まで、人質として生かされていたと主張する人たちもいる。キンタイラ逝去の知らせが確信へと変わった時、多くの者たちが再結集し、狼の女王ポテマと、4年前に警備が手薄になっていた帝都へと侵攻して皇帝ユリエル・セプティム三世として即位していた息子に立ち向かうことになった。 セフォラスはハイ・ロックでの戦いに自分の軍隊を集中させ、その弟であるリルモス王のマグナスはアルゴニアンの部隊を率いて、彼らに忠誠を誓っているモロウウィンドを通過してスカイリムへと向かい、ポテマの地元で戦いを挑んだ。は虫類の軍隊は夏の間は良く戦ったが、冬になると南に退却し、温かくなってからまた軍を再編して攻撃に乗り出した。それによるこう着状態のせいで、終戦までにはさらに2年の月日を要した。 同じ125年には、マグナスの妻ヘレナが第一子となる息子を出産し、マグナスおよびセフォラス、故人となったアンティオカス帝、そして恐ろしいソリチュードの狼の女王を含めた4人の父親であった皇帝にちなみ、ペラギウスと名づけた。 第三紀127年 ポテマはテントの前の暖かい草地に置いた柔らかな絹のクッションに座り、草原の向こうの暗い森の上に昇る太陽を見つめていた。スカイリムの夏に典型的な、独特な活気に満ちた朝だった。彼女の周りでは虫たちが高い調子でにぎやかに鳴き声を競い、空では無数の鳥が群れとなってうねるように飛びながら、様々なパターンを形作っていた。ファルコンスターに戦争が訪れようとしていることを、自然は感づいていない。彼女はそう思った。 「殿下、ハンマーフェルの軍からの伝言です」と、配達人を引き連れてきた侍女が言った。男は激しい息づかいをしており、すっかり汗と泥にまみれていた。非常に遠い距離を大急ぎで駆け続けてきたことをその姿は物語っていた。 「女王様──」と、地面に目を落として配達人が言った。「ご子息の皇帝のことで重大なお知らせがあります。皇帝はハンマーフェルにあるイキダグという地方で、殿下の弟セフォラス王の軍と遭遇し、そこで戦闘が始まりました。殿下もきっと誇りに思われるであろう見事な戦いぶりを皇帝は見せておられました。しかし軍は敗北し、皇帝は捕らえられてしまったのです。セフォラス王は皇帝をギレインへと連れて行こうとしています」 ポテマは顔をしかめながら聞いていた。「あの不器用なのろまが」ようやく出てきた言葉がそれだった。 ポテマは立ち上がり、ふらりとキャンプに入っていった。中では男たちが戦いに備えて武装に取りかかっていた。彼女は形式張ったことが嫌いな女性で、敬礼よりも仕事を優先させたほうが喜ぶことを兵士たちはとっくの昔に理解していた。ヴォッケン卿が彼女に先立って魔闘士の総指揮官と会い、決戦の戦略について話し合っていた。 「女王様──」と、後からついてきた配達人が言った。「どうなさるおつもりですか?」 「マグナスはコグメンシスト城の廃墟という優位な場所に陣取っているけど、それでもこの戦いは必ず勝つ」と、ポテマは言った。「そしてそれから、セフォラスが我が皇帝をどうするつもりなのかを確かめて、それに応じて行動を取る。身代金が必要なら払う。捕虜の交換が希望ならそうする。お前はもう入浴して休みなさい。そしてその後は、戦いの邪魔をしなければそれでいいから」 「理想的な筋書きではありませんな」と、総指揮官のテントに入ってきたポテマにヴォッケン卿が言った。「もしも西から城を攻めようとすれば、敵の魔闘士や射手が浴びせる炎のまっただ中に突入することになります。東から行こうとすれば沼地を通ることになり、そういった環境ではアルゴニアンの動きは我々に勝ります。遥かに上です」 「北と南はどう? 山ばっかりでしょう?」 「非常に険しい山です、殿下」と、総指揮官が言った。「どのみち弓兵を配置すべきではありますが、全軍の大部分を置こうとすればあまりにも攻撃を受けやすくなってしまいます」 「じゃあ、沼地ね」と、ポテマはそう言ってから実践的な案をつけ加えた。「でなきゃ引き下がって連中が出てくるのを待って戦うしかない」 「もし待てば、セフォラスがハイ・ロックから軍を連れて来るでしょうし、我々は2つの軍に前後を挟まれてしまいます」と、ヴォッケン卿は言った。「望ましい状況とは言えません」 「では、部隊に伝えてきます」と、総指揮官が言った。「沼地での攻撃の準備をするように」 「いいえ」と、ポテマは言った。「私が話す」 戦闘装備に身を包んだ兵士たちがキャンプの中心に集まった。その顔ぶれは実に雑多だった。男、女。シロディール、ノルド、ブレトン、ダンマー。若者、古参兵、貴族、商店主、農奴、聖職者、娼婦、農民、学者、冒険者の、息子や娘たち。そのすべてが、タムリエルの皇室の象徴であるレッド・ダイヤモンドの旗の下に結集したのだ。 「我が子らよ──」響き渡ったポテマの声が、立ち込めた朝もやにとどまった。「我々は山を越え、海を越え、森も砂漠も駆け抜けて、いくつもの戦争をともに戦ってきた。諸君一人ひとりの大いなる武勇を目にして、我が心は誇りに満ちた。また一方で、卑劣な戦い、謀略、残忍で非人道的な蛮行も、同じように私を喜ばせるものだった。我々は皆、戦士なのだから」 次第に熱が入ってきたポテマは、兵士一人ひとりの目をのぞき込みながら、隊列の前を歩いた。「戦争は諸君の血に、脳みそに、筋肉に、諸君が考え行うすべての事柄に染み込んでいる。この戦いが終わり、真の皇帝であるユリエル・セプティム三世の王位を否定しようとする輩を退治したなら、諸君らは戦士であることをやめても良い。戦争が始まる前の生活に戻り、農場や町へと帰って、今日この日に諸君らが成し遂げた武勲を語り、傷跡を見せつけてやって、近隣の者たちを感嘆させるが良い。だが今日はまだ、肝に銘じていてくれ。諸君らは兵士だということを。諸君らこそが戦争だ」 自分の言葉がもたらした効果を彼女は見て取った。その場にいる者たちは皆、来るべき殺りくに向けて目を血走らせ、武器を握る腕にも力が入っていた。あらん限りの声でポテマは言葉を続けた。「そして諸君らは、オブリビオンの最も邪悪な無尽蔵の力を授かったかのように沼地を突き進み、コグメンシスト城のトカゲ野郎どものウロコを引きはがすのだ。諸君らは戦士であり、ただ戦うだけでなく、勝たなければならない。必ず勝つのだ!」 兵士たちは轟くような喚声で答え、驚いた鳥たちがキャンプの周りの木立から一斉に飛び立った。 見晴らしの良い南向きの丘の上から、ポテマとヴォッケン卿は激しさを増していく戦闘の様子を見渡すことができた。それはまるで、汚物の固まりのように見える城の廃墟の上を、違う色をした2つの虫の大群が行きつ戻りつしているようだった。時々、魔闘士の放つ炎の一撃や酸の雲が戦場の上に揺らめいて彼らの注意を引いたが、長引くにつれて戦闘は混沌以外の何物でもなくなってきた。 「馬に乗った者が向かってきます」と、静寂を打ち破ってヴォッケン卿が言った。 若いレッドガードの女は、ギレインの紋章を身につけてはいたが、白い旗も持っていた。ポテマは彼女が近づくことを許した。今朝の配達人と同じように、この女もひどく消耗していた。 「殿下──」と、息を切らしながら女が言った。「弟君セフォラス王より殿下に悲報をお伝えするよう仰せつかって参りました。殿下のご子息、ユリエル様は、イキダグの戦場で捕らえられ、そこからギレインへと移送されました」 「そんなことは知っておる」と、横柄にポテマが言った。「我が方にも配達人はいる。お前の主人に伝えておけ。この戦争に勝利を収めた後、身代金がいくらであろうと、あるいは捕虜の……」 「殿下、ご子息を移送する馬車はギレインに着く前に、怒り狂った群集に遭遇しました」と、女は口早に言った。「ご子息は亡くなりました。車に乗ったまま焼かれて死んでしまったのです。もう亡くなりました」 ポテマは若い女に背を向け、戦闘を見おろした。彼女の軍が勝とうとしていた。マグナス軍は撤退し始めていた。 「もう一つ知らせがあります、殿下」と、女が言った。「セフォラス王は皇帝の即位を宣言されました」 ポテマは女を見ようとしなかった。彼女の軍隊が勝ちどきを上げていた。 物語(歴史小説) 茶2 狼の女王 第8巻 ウォーヒン・ジャース 著 筆:第三紀2世紀の賢者インゾリカス 第三紀127年 イチダグの戦の後、皇帝ユリエル・セプティム三世は捕らえられ、ハンマーフェル王国のギレインにある叔父の城にたどり着く前に、怒り狂った群集によって殺された。その後、この叔父セフォラスが皇帝を宣言し、帝都へと向かった。皇帝ユリエルと彼の母親、狼の女王ポテマに忠実だった軍は、新しい皇帝に忠誠を誓った。その支持の見返りに、スカイリム、ハイ・ロック、ハンマーフェル、サマーセット島、ヴァレンウッド、ブラック・マーシュ、モロウウィンドの貴族階級は、さらに高い自治権と帝都からの独立を要請し、認められた。赤金剛石の戦いの始まりである。 ポテマは負け戦を続け、彼女の影響範囲は徐々に狭くなり、最終的にはソリチュード王国のみが彼女の手中に残った。彼女はデイドラを召喚し戦わせ、死霊術師には倒れた敵をアンデッド戦士として蘇らせ、兄弟である皇帝セフォラス・セプティム一世とリルモスの王者マグナスの軍を、何度も何度も攻撃した。彼女の同盟国は、彼女の乱心が増すにつれて離れていき、最後には長年にわたって寄せ集めたゾンビとスケルトン以外はいなくなった。ソリチュード王国は死者の国となった。狼の女王が腐りかけたスケルトンの召使いに給仕されている姿や、吸血鬼の将軍などと軍議を図る姿を語った物語りは、臣下を恐怖に陥れた。 第三紀137年 マグナスは部屋の小さな窓を開いた。ここ数週間で初めて、街の音を聞いた:荷車のきしみ、石畳の上を行く馬のひずめ、どこかで子供が笑う声。顔を洗い、服を着替えるためベッドの横へ戻るとき、微笑みがもれた。そのとき、特徴のあるノックが扉から聞こえた。 「入りなさい、ペル」と、マグナスは言った。 ペラギウスが部屋へ飛び込んできた。もうすでに何時間も前から起きていたのは明らかだった。マグナスは彼の元気に驚き、もし戦闘が12歳の少年によって戦われていたら、どれだけ長引くかを想像した。 「もう外は見ましたか?」と、ペラギウスが聞いた。「街の人々が帰ってきました! お店や魔術師ギルド、そして港には何百ものお店が色々なところから到着しています!」 「もう怖がらなくても良いのだからな。我々が彼らの隣人だったゾンビやゴーストを退治したから、彼らはもう戻っても大丈夫だということを知っているのだよ」 「叔父のセフォラスも死んだらゾンビになるのですか?」と、ペラギウスが聞いた。 「ならない、とは言い切れんな」マグナスは笑った。「なぜ聞く?」 「彼は老いて病気がちだって聞きました」と、ペラギウスは言った。 「それほど老いてはいないだろう」と、マグナスが言う。「彼は60歳、私のたった2歳年上だからな」 「叔母のポテマはいくつですか?」と、ペラギウスは聞いた。 「70歳」と、マグナスは言った。「そして、それが老いているだ。他の質問はまた後でだ。今は司令官に会いに行かねばならんが、夕食のときにまた話そう。それまでは時間を潰し、良い子でいられるな?」 「はい、父上」と、ペラギウスは答えた。彼は、父が叔母ポテマの城の包囲を続けなければならないと知っていた。城を落とし、彼女を拘留した後、宿を出て城へ移ることになる。ペラギウスはそれが憂うつで仕方がなかった。街全体に奇妙な甘い死臭が漂っていたが、吐き気を催さずには城の外堀へさえも近づけなかった。百万の花を投げ込んでも、あそこには意味をなさないであろう。 彼は街中を何時間も歩き、食べ物を買い、リルモスにいる妹と母のために髪飾りの紐を買った。あとは誰にお土産を買えば良いのかを考えていたとき、ふと気がついた。彼の従兄弟にあたる、叔父のセフォラスや叔父のアンティオカスや叔母のポテマらの子供たちは皆、この戦争で死んでしまっていた。一部は戦闘で、そして他は作物が燃やされすぎたせいで起きた飢きんで。叔母のビアンキは去年、亡くなっていた。もう、彼と、母親、妹、父親、皇帝である叔父しか残されていない。あとは叔母のポテマだが、彼女は頭数に入らない。 今朝魔術師ギルドの近くに来たときは素通りした。奇妙な煙や水晶や古い本が置いてある、あの類の店は彼を怖がらせた。今回は、叔父のセフォラスにお土産を買うことを思いついた。ソリチュードの魔術師ギルドからのお土産を。 老婆が扉を上手く開けられずに困っていたので、ペラギウスが開けてあげた。 「ありがとう」と、彼女が言った。 彼女は、彼が今までに見てきた人々のなかで、優に最高齢者だった。彼女の顔は、古く腐ったリンゴに乱れた白髪を巻きつけたようであった。頭を撫でようとした彼女の伸びすぎて、巻き始めた爪を本能的にかわした。しかし、彼女の首に掛かっていた宝石が彼を即座に魅了した。それは輝く1つの黄色い宝石で、何かが中に閉じ込められているようにも見えた。ロウソクからの明かりが当たったとき、4本足の獣がゆっくりと歩き回る姿が映し出された。 「これは魂石」と、彼女は言った。「偉大な魔族の狼男が注入してあるのじゃ。大昔に人々を魅了する力を付呪したのだが、違う呪文をかけようかと思っておるのじゃ。変性学の鍵か防護壁などかのう」彼女は中断し、少年を水っぽく、黄色い目で見つめた。「見覚えがある顔じゃ、名は?」 「ペラギウス」と、彼は言った。普段であれば「ペラギウス王子」と名乗ったが、街中では注意を引かないようにと言われていた。 「昔、ペラギウスという名の人を知っておった」と、老婆は言い、そしてゆっくりと微笑んだ。「1人かい、ペラギウス?」 「父が…… 軍にいて、攻城中です。でも、壁が崩れたら戻ってきます」 「多分、それほど時はかかるまいな」老婆はため息をついた。「どれほど頑丈に作っても、壊れないものは、皆無じゃ。魔術師ギルドで買い物かね?」 「叔父への贈り物を買いに来たのですが……」と、ペラギウスは言った。「ゴールドが足りるか分からないのです」 老婆は品物を見ている少年を残して、ギルドの付呪師の下へ行った。彼はソリチュードに来てまもない、若く、意欲的なノルドであった。多少の説得と多大なゴールドで彼に、魅了の呪文を魂石から外し、気が狂うまで着用者から年々英知を流出させる、効き目の遅い毒を持つ、強力な呪いを注入することに同意させた。彼女は安物の火炎耐性の指輪も買った。 「老婆に優しくしてくれたお礼に、これを」と、彼女は少年にネックレスと指輪を渡しながら言った。「指輪は叔父にあげるといい、彼には浮遊の付呪がしてあるから、高い所から飛び降りるときに彼を保護してくれると言っておきなされ。魂石は君にじゃ」 「ありがとう」と、少年は言った。「でも、これはいただきすぎです」 「優しさの問題ではないのじゃ」と、彼女は正直に答えた。「帝都の王宮の記録の間に1度か2度行き、君のことをエルダー・スクロールの予言の中で読んだのじゃ。君は、いつの日か、皇帝ペラギウス・セプティム三世になるのじゃ、そして、この魂石に導かれれば、子孫は永遠に君のことを覚えているであろう」 その言葉を残し、老婆は魔術師ギルドの裏の路地へと消えていった。ペラギウスは彼女を見送ったが、盛られた石の裏側を見ようとは思わなかった。もし見ていたら、街の下からソリチュード城へと続くトンネルを発見したであろう。そして、もし彼がそこにたどり着けたなら、ゾンビや朽ちた王宮の先に、女王の寝室を見つけたことであろう。 寝室では、自分の城が崩れ去る音に聞き入っているソリチュードの狼の女王を発見したであろう。そして彼は、歯のない微笑を浮かべながら最後の息を吸う彼女を見たであろう。 筆:2世紀の賢者インゾリカス 第三紀137年 彼女の城で1ヶ月間も続いた攻城戦の末、ポテマ・セプティムは死んだ。生前、彼女はソリチュードの狼の女王、皇帝ペラギウス二世の娘、王者マンティアルコの妻、女帝キンタイラ二世の叔母、皇帝ユリエル三世の母、アンティオカス帝とセフォラス帝の姉であった。彼女の死後マグナスは、王族議会の指導の下、ペラギウスを名目上のソリチュード城主とした。 第三紀140年 落馬が原因で、皇帝セフォラス・セプティムが崩御する。弟が皇帝マグナス・セプティムを宣言する。 第三紀141年 ペラギウス、ソリチュードの王者が「時おり変人」と帝都の歴史記録に記される。彼はヴァーデンフェル島の女公爵、カタリシュと結婚する。 第三紀145年 皇帝マグナス・セプティムが崩御する。狂ったペラギウスとして知られるようになる彼の息子が戴冠した。 物語(歴史小説) 茶1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/34.html
神秘士ガレリオン アスグリム・コルスグレッグ 著 ヴァヌス・ガレリオンは血なまぐさい第二紀初頭にこの世に生を受け、トレシュタスと名づけられた。生まれながらにして、小貴族であるソリシチ・オン・カーのギャナッセ卿の屋敷に仕える農奴であった。トレシュタスの両親はごく普通の労働者だったが、父親はギャナッセ卿の掟に背いて読み書きを修得し、その息子にも学ばせた。ギャナッセ卿は、読み書きのできる農奴は自然への冒涜であり、貴族の立場をおびやかしかねないと聞かされていたため、ソリシチ・オン・カーの全書店を営業停止にしていた。ギャナッセ卿の敷地内をのぞいてすべての書籍商、詩人、教師は締め出されたが、それでもなお、小規模な密輸取引によってかなりの本や巻物が卿の目のとどかないところで流通していた。 トレシュタスが8歳のとき、密輸業者が捕まって投獄された。夫におびえる無学で敬虔なトレシュタスの母が密輸業者を裏切ったという説もあったが、他の噂もあった。密輸業者は裁判にかけられないまま、ただちに刑が執行された。ソリシチ・オン・カーでも数世紀ぶりの猛暑のなか、トレシュタスの父の死体は一週間も吊るされたままだった。 3ヵ月後、トレシュタスはギャナッセ卿の屋敷から逃げ出し、サマーセット島を半分ほど横切ったところにあるアリノールまでやってきた。トルバドゥールの一団が道端の溝にうずくまっていた瀕死の彼を発見した。看病によって回復したトレシュタスを下働きとして雇い入れると、彼に食事と部屋を与えた。トルバドゥールの一人である易者のヘリアンドがトレシュタスの精神力を試そうとしたところ、この恥ずかしがりやの少年は、その不遇ぶりにもかかわらず、尋常ならざるほど聡明で洗練されていることがわかった。アルテウム島で神秘士としての訓練を受けていたヘリアンドは、トレシュタスにどこか相通ずるものを感じた。 巡業でサマーセット島の東端にあるボタンザ村を訪れたとき、ヘリアンドは11歳になっていたトレシュタスを連れてアルテウム島に渡った。その島の魔術師アイアチェシスはトレシュタスの潜在能力を認め、徒弟として受け入れると、ヴァヌス・ガレリオンの名を与えた。ヴァヌスはアルテウム島で体と心の鍛錬にいそしんだ。 魔術師ギルドの初代大賢者はこうして育てられたのであった。アルテウム島のサイジックからは訓練をつけてもらい、欠乏と不公平の少年時代からは知識の共有という彼の哲学を学び取ったのである。 歴史・伝記 赤1 魔術師ギルド関連
https://w.atwiki.jp/socmyth/pages/480.html
オブリヴィオン(oblivion)は、英語で「忘却」、「無意識の状態」、「大赦」という意味。オブリビオン。 参考Webリンク oblivion - ウィクショナリー日本語版 oblivion - Wiktionary 作品 パズル ドラゴンズ オブリビオンノヴァ タグ 英語
https://w.atwiki.jp/magicman/pages/39165.html
ウェブリビオン C 水文明 (3) コラボ・クリーチャー:トリックス/スペシャリスト 4000+ ■自分の手札に2体のコラボ・クリーチャーが揃っていれば、それらを合体させ、2体の合計コストを支払って召喚してもよい。合体したクリーチャーが離れる時、かわりにその合体を解除する。 ■このクリーチャーが攻撃する時、自分はカードを1枚引いてもよい。 ■パワード・ブレイカー(このクリーチャーは、そのパワー6000ごとにシールドをさらに1つブレイクする) 作者:wha + 関連カード/7 《ツイート》 《「百全の備え 品紅」》 《水中の優美 シュビドゥビ》 《ウェブリビオン》 《ズーラビ・シヴィリ》 《U・S・A・DASH》 《ライマー・ムー》 カードリスト:wha 評価 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/231.html
施錠された部屋 ポルベルト・リタムリー 著 アースカミュは指導者として、ヤナのような生徒が一番嫌いだった。ヤナは素人でいることの玄人だった。アースカミュは彼の砦で、あらゆる種類の犯罪者を指導していた。一般的な泥棒から知能的な脅迫犯まで、彼の生徒たちはみな野心あふれる若者や子供たちで、錠前破りの技と原理を学び、それを仕事に生かそうという意欲があった。そのため、彼らはより単純明快で簡単な方法を知りたがった。しかし、ヤナのような生徒はいつも例外や発展的な方法、奇抜なやり方を見つけたがり、実践的な技術を重視するアースカミュをいらつかせるのだった。 このヤナというレッドガードの少女はいつも、錠前の前に何時間も座りこみ、針金やピックで突っついてみたり、幾種類ものピンやドライバーをとっかえひっかえしてみたり、普通の犯罪者が見向きもしないような部分を観察することに夢中だった。他の生徒がとっくに実習用の錠前を開けて次の段階に進んでいても、彼女だけはまだ自分の錠前をいじり続けていた。しかし、最終的にはどんな難しい錠前であっても開けてしまうので、そのことが逆にまたアースカミュをうんざりさせた。 「お前は簡単なことを難しくやりすぎなんだ」アースカミュはよく彼女に平手打ちをくらわせ、声を荒げた。「仕事の速さが大事なんだ、技術だけ覚えたって仕方ないだろ。もし、この錠前に合う鍵をお前の目の前に置いてやっても、お前はそれを使おうともしないんだろうな」 ヤナはアースカミュの罵倒にも理性的に耐えていた。何といっても、授業料は先に払ってあったのだ。確かに、巡回の衛兵に追われながらどこかに忍び込むために錠前を破るときなどは速さがものをいうだろう。だが、それは彼女には当てはまらなかった。彼女は純粋に、知識だけを求めていたのだ。 アースカミュはあらゆる方法でヤナに早く作業を進めることを教えようとした。体罰や叱責は驚くほど何の効果もなかった。彼女が錠前を開けるのにかかる時間は新しい錠前に向かうたびにどんどん長くなり、それぞれの錠前の特徴や性格をじっくりと調べなければ気がすまないのだった。そしてとうとう、アースカミュは我慢できなくなった。ある日の午後遅く、ヤナが完ぺきにありふれた種類の錠前の前でぐずぐずしていると、アースカミュは彼女の耳をつかんで砦の中にある部屋へ引っ張っていった。その部屋は他の生徒たちの立ち入りが禁じられている区域にあった。 真ん中に大きな木箱が置かれている以外、部屋には何も無く、扉は入り口の一つだけで、窓もなかった。アースカミュは彼女を木箱のほうへ乱暴に押しやり、外から扉を閉めた。鍵のかかる音がはっきりと聞こえた。 「優等生にテストを受けてもらうよ」彼は扉の向こうで笑った。「そこから出られるかな」 ヤナはにっこり笑って、いつものようにゆっくりと錠前をいじり回し、調べはじめた。数分がたったころ、また扉の外でアースカミュの声がした。 「教えといてやるよ、これは速さのテストだ。後ろに木箱があるだろ? その中に、吸血鬼の爺さんが入ってるんだ。何ヶ月もここに閉じ込めてあるから、もう完全に腹ぺこだろうな。あと何分かで日が暮れる。もしそれまでにこの扉を開けられなけりゃ、皮だけになるまで血を吸われるぞ」 ヤナは一瞬、アースカミュが冗談を言っているのかと考えた。彼は極悪人だが、いくらなんでも指導のために生徒を殺そうとするだろうか? しかし、次の瞬間木箱の中から衣ずれの音が聞こえたので、彼女はこれが冗談ではないと理解した。彼女はいつもの試行錯誤をとばして、針金を錠前につっこみ、釘を圧力板に突き立て、扉を押し開けた。 アースカミュが廊下の向こうで意地悪く笑った。「さっさと仕事を終わらせることの大事さがわかっただろ」 ヤナは涙をこらえながら、アースカミュの砦を飛び出した。アースカミュは、彼女が二度と彼の砦へ戻らないだろうと思っていた。そして、最後に非常に重要なことを教えてやったのだとも。次の朝、予想に反してヤナが砦に戻って来たとき、彼は驚きを顔には表さなかったが、内心は腹立たしさでいっぱいだった。 「そんなに長居はしません」と、彼女は静かに語った。「でも、新しい種類の錠前を発明したんです。それで、先生の意見を聞けたらと思って」 アースカミュは肩をすくめ、その錠前を見せるように促した。 「これを、あの吸血鬼の部屋に取り付けてみてもいいでしょうか。実際の錠前として使えるかどうか見てもらいたいので」 アースカミュは訝しく思ったが、このやっかいな少女とこれ以上関わらなくてすむと思うと気分がよく、最後なのだから好きなようにやらせてやろうという気持ちになっていた。彼はヤナにあの部屋へ入る許可を与えた。ヤナは朝から午後遅くまでかかって、吸血鬼が眠っている部屋で古い錠前をはずし、彼女の新しい錠前を取り付けた。そして、彼女の元・指導者に錠前を見るように頼んだ。 彼は専門家としてその錠前を調べたが、目新しい特徴はほとんどなさそうだった。 「これは、世界で最初の、そして唯一の破れない錠前なんです」と、ヤナが説明した。「正しい鍵が無ければ絶対に開きません」 アースカミュは嘲笑し、ヤナに自分を部屋に閉じ込めるように言った。扉が閉まり、鍵のかけられる音がして、彼は仕事にとりかかった。錠前は思ったよりも開けにくい構造になっており、彼はうろたえた。知っている全ての方法を試したが開けられず、どうやら、あの憎らしい生徒のようにゆっくり時間をかけて錠前全体を徹底的に調べなければいけないらしかった。 「そろそろ行かなくちゃ」と、ヤナが扉の向こうから言った。「行って、町の衛兵をこの砦につれて来ます。ここの決まりに反することになるけど、腹ぺこの吸血鬼が逃げ出したら村の人たちにも危険が及びますから。もうすぐ暗くなるし、もし先生が錠前を破れなくても、吸血鬼のほうは体面なんか気にせず鍵を使ってそこから出るでしょうし。覚えてますか? 『もし目の前に鍵を置いても、それを使おうともしないだろうな』と、言われましたよね」 「待て!」と、アースカミュは叫んだ。「俺は鍵を使うぞ! どこにあるんだ? 鍵を渡すのを忘れてるぞ!」 しかし、返事はなかった。扉の向こうで、廊下を去ってゆく足音だけが聞こえた。アースカミュは必死に錠前に取り組んだが、恐怖のために手が震えた。部屋に窓がないので、時間がわからなかった。何分ぐらいたったのだろうか、それとも何時間? わかっているのは、吸血鬼が日暮れと同時に起きてくるだろうということだけだった。 アースカミュが狂乱状態でいたるところを捻ったり叩いたりしているうちに、道具が役に立たなくなった。針金が鍵穴に入ったまま折れてしまった。まるで、彼の生徒がやるような失敗だった。アースカミュは叫びながら扉を叩いたが、誰にも聞こえるはずはなかった。もう一度叫ぼうと息を吸い込んだ瞬間、後ろで木箱がきしみながら開く音がはっきりと聞こえた。 吸血鬼の老人は飢えて正気を失った目で熟練の錠前師を見すえ、狂ったように彼に飛びかかった。アースカミュが死ぬ直前、彼は鍵のありかを知った。それは鎖につけられ、吸血鬼が眠っている間にその首にかけられていたのだった。 小説・物語 緑3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/47.html
デ・レルム・ディレニス ヴァリアン・ディレニ 著 私は611歳である。自分自身の子を持ったことはないが、歴史があり、華々しく、時には悪名高いディレニ一族の物語や伝統とともに育ったたくさんの甥や姪や親族がいる。タムリエルの一族には、様々な運命のなかで強大な権力を行使したような有名な人物は多くない。我々の戦士や国王は伝説の題材となり、彼らについて多くを語る伝説の中で、その名誉や功績が存続している。 私自身は剣を取ったり、重要な法律を取り決めたりしたことはない。しかし私もまた、ディレニの伝統の中ではあまり知られていない側面であるが、いまだ重要な位置を占める役割を担っている。それはウィザードである。私自身の伝記はきっと後世には興味を持たれないだろう。私の甥や姪や親族たちには混沌とした第二紀のタムリエルの物語をせがまれるが。しかし、語らねばならない祖先の話がいくつかある。より有名な親族が行ってきたことと同じくらい劇的に彼らは歴史を変えたのかもしれないのだが、彼らの名前がいまや忘れ去られようとしている。 最も近いところでは、ダガーフォールの国王であるライサンダスが、宮廷妖術師メドラ・ディレニのおかげで、昔ながらの敵対国センチネルの征服に成功した。彼女の祖先ヨヴロン・ディレニは、ダンマーのタムリエル女王カタリアに仕える帝都の魔闘士で、女王が混乱を収め平和な時代を築くのを助けた。彼の曾祖父ペラディル・ディレニは初代の支配者の下で同様の役割を担い、今日あるような専門的な組織がない中、ギルド法令の制定に尽力した。時代をさらに遡ると、その祖先の魔女レイヴン・ディレニは彼女のいとこであるアイデンとライエインとともにその名を知られている。レイヴンは後期アレッシア帝都の暴政に終止符を打つ役割の一端を担った。彼女はアルタウムのサイジック以前に、付呪術、つまり魂を宝石に封じ込める方法や、それを使って兵器に魔法をかける学問を考案したとされている。 しかし、私が今から語ろうとするのはさらに昔、レイヴンよりはるか昔の祖先の物語である。 アスリエル・ディレニは我々一族の慎ましやかな初期を思い起こさせる存在で、カウマスの河岸にあったタイリゲルの村で小さな農園をやっていた。その地がディレンといい、後の我が一族のファミリーネームとなった。当時のサムーセット島のほかの人々と同様、彼はただの農園主であった。しかし、他の家族が自分たち家族が食べる分だけを賄うのに対し、ディレニス一族は遠戚が集まって共に働いていた。彼らは集団で仕事をしたほうが小麦や、果樹園、蔓、家畜、養蜂場などには効率がよいと考え、毎年、個人で畑を耕しているところがそれまでに記録した最大の収穫量と同じくらいの収穫を得ていた。 アスリエルは、どのような農耕にも向かない、特に土壌のひどい農地を持っていたが、いくつかの小さな薬草は、この石だらけで痩せた酸性の土でもよく育った。必要に迫られてだったが、彼は薬草の活用方法については熟練者と言えるまでになった。もちろん薬草の多くは料理の香り付けに使われるのだが、この地上のどのような植物もマジカの潜在力なしに育たないのは自明のことである。 それほど昔であっても、すでに魔女は存在していた。アスリエル・ディレニこそが錬金術を発明したなどというとばかげていると思われるかも知れない。彼が成し遂げたこと、その業績には私たち一族も大いに感謝しているが、それは彼が錬金術を芸術や科学へ組み立てあげたということである。 タイリゲルには魔女の集団はいなかった。もちろん、魔術師ギルドができる何千年も前の話だ。そこで人々は治療を求めてアスリエルのところへ訪れた。彼は黒い苔とルーブラッシュを組み合わせた、あらゆる毒に対応可能な薬の正確な製法や、柳の雄しべを細かく刻み、チョークウィードと混ぜ合わせて病気を治療したりする方法を独学で編み出した。 当時のタイリゲルには、病気やうっかり毒を飲んでしまった、というのを除けば大した驚異はなかった。確かに荒野には、トロールやチャイマーなどの時々害を及ぼす妖精族やウィル・オ・ウィスプもいたが、どんなに若くて知恵のないアルトマーでさえ、それらを避ける方法は知っていた。しかし、まれにアスリエルが降伏を余儀なくされてしまう脅威が訪れることもあった。 私が真実と信じている彼にまつわる物語の1つに、彼がどのようにして原因不明の病から姪を救ったかという話がある。彼の懸命なる介護にもかかわらず、彼女は日を追って衰弱していった。最終的に彼が苦味のある飲み物を飲ませたところ、翌朝には彼女のベッドの周りは灰だらけになっていた。どうやら彼女には吸血鬼がとりついていたようであった。アスリエルの薬は、彼女自身にはまったく害を及ぼさずに彼女の血液を毒に変えるものだった。 この製法が歴史の霧の中で失われなかったとしたら! このことは彼をささやかではあるがすばらしい人物として、サムーセット島初期の記録に残されるに十分な功績であった。一方そのころ、ロックヴァーと呼ばれる野蛮な軍隊がディレン川を進行しており、タイリゲルを格好の標的と判断した。この当時、ディレンの人々は戦士どころかただの農作民にすぎず、助けも得られず、ロックヴァーが彼らの収穫物を奪い、襲撃に次ぐ襲撃を重ねるのから逃げ、見ていることしかできなかった。 しかし、そのころアスリエルは吸血鬼の残していった灰を使って試行錯誤の研究を重ねていた。そして、いとこにある提案を持ちかけた。次にロックヴァーがディレンに現れたら、健康で丈夫なものは彼の研究室へ来るようにという知らせが回った。ロックヴァーがタイリゲルの村に到着すると、農場はひっそりとして、いつものように皆逃げてしまっていたように見えた。しかし、農作物を盗み出そうとすると、自分たちが何か見えない力によって攻撃されているのが分かった。この村は何かにとりつかれていると思い、ロックヴァーは一目散に逃げていった。 ロックヴァーは恐れをなしながらも強欲に勝てず、その後も何度か村を襲おうとしたが、いつも何か恐ろしいものに襲われ、攻撃されるのであった。野蛮な性格ではあったが愚かではなかったロックヴァーは、この敗北の原因究明に努めるようになった。農場が呪われているわけではないのは、作物がよく育ち、豊作で、動物たちに恐れが見られないことからも明らかであった。ロックヴァーはこの農園に偵察を送り込んでその秘密を探ろうとした。 偵察係はロックヴァーの元へと戻り、ディレニの農園には血の通った人間たち、アルトマーが暮らしていると報告をした。彼はロックヴァーの軍隊が河を下っていく時に見張りを続け、年寄りや子供が丘へと逃げる一方で、健康で丈夫そうな農作民とその妻たちはアスリエルの研究所へ行くのを見た。偵察係は彼らが研究室に入り、その後は誰も出て来ないことに気づいた。 いつも通りロックヴァーは目に見えぬものたちにこてんぱんにやられたが、偵察係は研究室で起こったことを報告した。 次の晩、2人のロックヴァーがアスリエルの農場へこっそりと近づき、他のディレンの人たちに気づかれないようにアスリエルを誘拐した。ロックヴァーの族長は、ディレンの人々がこの錬金術師なしでは姿を消せないことが分かっていたので、すぐにでも農園を襲撃しようと考えた。しかし彼は復讐心に燃え、自分がこんなただの農作民に屈辱を受けてしまったのだと思い至った。その時、彼の心にあるずる賢い計画が浮かんだ。もし、ディレンがいつも見ている野蛮な軍隊が見えないとしたら? 誰にも逃げ延びるチャンスのない大量虐殺が目に浮かぶ。 偵察係は族長に、アスリエルが吸血鬼の灰を使って、農作民の姿を見えなくしていると報告をした。しかし、吸血鬼の灰以外の材料は分からない。偵察係はアスリエルが灰と一緒に混ぜ合わせていた光り輝く粉について説明した。アスリエルは当然ロックヴァーの手伝いをすることを拒んだが、彼らは略奪同様、拷問の名人だった。アスリエルはしゃべるか死ぬかだと悟った。 何時間にも渡る拷問のあと、とうとう彼は材料を教えることに同意した。彼自身、そのものの名前は知らなかったが、「輝く灰」と呼んでいた。それは殺されたウィル・オ・ウィスプの残骸であった。彼は襲撃するにあたって軍隊全体の姿を見えなくするにはその材料が大量に必要だと教えた。 ロックヴァーは吸血鬼だけではなく、ウィル・オ・ウィスプも見つけて殺し灰にしなければならないことに文句を言ったが、それでも数日の間に錬金術師が求めた材料すべてをそろえた。族長は愚か者ではなかったので、まず最初にアスリエルに薬を試させた。彼の言ったとおりに、彼の姿が見えなくなってしまった。これでこの薬が本当に効くことが証明された。族長はその薬をもっと大量に作らせた。この時、アスリエルが黒い苔とルーブラッシュをかんでいたことには誰も気づかなかった。 ロックヴァーたちは薬を渡されるとすぐに飲んだが、たちまち、とはいっても苦しむ暇はあったが、全員死んでしまった。 アスリエルが姿が消える薬を調合しているところを盗み見ていた偵察係は、明らかに研究室のロウソクの灯の光のせいで2つ目の材料が何か光るものだと見間違えていた。消える薬にはそのような材料が調合されることはない。2つ目の材料はただの紅花草で、タムリエルで育つもっとも一般的な薬草であった。ロックヴァーが拷問をしながら光り輝く粉の正体をしきりに問い詰めて来たとき、アスリエルは前に一度、「輝く灰」と吸血鬼の灰とを混ぜ合わせて強力な毒薬を作ったことを思い出した。彼らの宿営地から紅花草を盗み出し、吸血鬼の灰と「輝く灰」に混ぜ、姿の消える毒薬を作るのは簡単だった。彼は自分で解毒し、ロックヴァーには毒薬のみを渡した。 ロックヴァーは死んでしまい、二度とディレニの農園を襲うこともなく、その後そのほかの敵も現れなかった。彼らディレニはその後ますます繁栄していった。幾世代も過ぎ、彼らはサムーセット島を去り、タムリエル本土へと移り住み、その歴史的な活躍を始めた。アスリエル・ディレニは錬金術師としての堂々たる業績から、アルタウムへ招かれサイジックとなった。現在のわれわれが知る錬金術のうち、どれほど多くのものが彼によって発明されたものであるか定かではないが、今日に伝わる科学と錬金術は彼なしでは存在しえなかったであろうことは疑う余地もない。 しかし、それも遠い過去のことである。アスリエルの起こした革新は、私のささやかな実績や、歴史に残るディレニの偉業と同様、未来の驚異につながる布石にすぎない。私がその未来の出来事を目撃できればよいのだが、私にできるのは過去の出来事をディレニの子供たちやタムリエルの子供たちと共有することであり、私は残りの人生をそうやって過ごしたいと考えている。 茶3 随筆・ルポルタージュ
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/210.html
栄誉の金色リボン アンピリアン・ブラン 著 春の早朝、木立に漂う朝霧に青白い陽光が揺らめいていた。テンプラーとストリングプールは開けた草地へと向かっていた。この4年間、2人はお気に入りの森はおろか、ハイ・ロックにさえも帰ってはいなかった。多少は変わったかもしれないが、森はその姿をほとんど変えてはいなかった。ストリングプールは、今は端正なブロンドの口ひげを蓄えており、それを蝋で固めて尖らせていた。テンプラーのほうは、太古の森に冒険を求めてやってきた青年にしてはまったく異質な生き物のようであった。傷付けられてなどいないのに、まるで傷を受けているかのように非常に寡黙であった。 二人はつる草や枝を掻き分け、自分たちの矢と矢筒に細心の注意を払いながら前へと突き進んでいた。 「この道は、お前の家へと続くんじゃないか?」とストリングプールは尋ねた。 テンプラーは周りに生い茂る草木を一瞥し、うなずき、歩きつづけた。 「やっぱりな」とストリングプールはそう言って笑い、「覚えてるよ。お前が鼻血を出すたびに、よくこのへんを駆け下りてたからな。いや、別にお前を怒らせるつもりじゃないが、そんなお前が兵隊になっただなんて信じられないな」 「家族は元気か?」と、テンプラーが聞いた。 「相変わらずさ。まあ、変わってるとすればまたちょびっと思い上がってるだろうな。俺が学校から戻ってくるのを心待ちにしてるのは確かだ。だが、俺にとってはここにはなんの用もない。少なくとも自分の分の遺産を相続するまではね。お前は俺がアーチェリーで栄誉の金色リボンをもらったのを知ってるか?」 「知らないわけないだろう」と、テンプラーは答えた。 「それがだ、俺の家族が大広間にこれ見よがしに飾ってるんだ。恐らく見晴らし窓からも覗けると思うぜ。くだらないことをすると思うが、ここらの小作人にとっちゃ、いたく感動ものらしい」 目の前に開けた草地が現れた。下草にはもやがかかっており、透明色でひんやりとした霧に包まれていた。そこから数メートル離れたところに黄麻布でできた半円の的が置いてあった。それは番人のように見えた。 「そういやここで練習したよな」テンプラーは的をまじまじと見つめて言った。 「少しだけな。俺は2、3日前に戻ってきたんだ」と、ストリングプールは笑顔で言った。「俺の両親から聞いたが、お前は1週間前に戻って来てたんだってな?」 「ああ。僕の隊がここから数マイル先で野営してたんだ。それで懐かしくなってな。あまりに変わってしまって、右も左もわからなかったよ」と言って、テンプラーは眼下に何マイルにも広がる、人家もまばらな広大な谷間を見下ろした。「種まきにはよさそうだな」 「お前がこの地を去った時、俺の家族も方々に散らばったよ。俺はお前の古びた家を残したいと思って、ちょいと揉めたがな。だが、それもちょっと感傷的だな。特にあの土地の土壌はよく肥えてたからな」 ストリングプールは自分の弓に注意深く弦を張った。それは黒檀に銀線細工の施されたウェイレスト製の手作りの品で、芸術品とも言えるものであった。彼はテンプラーが自分の弓に弦を張るのを見て、哀れみを感じてしまった。彼の弓は布切れでまとめられた、風化してしまったような代物であったからだ。 「もし、それがお前が教わった弦の張り方なんだったら、お前の隊はアカデミーからアドバイザーに来てもらったほうがいいな」とストリングプールはできるかぎり穏やかな口調で話した。「緩ませた輪は、『O』の中に『X』の形ができるようにしなきゃ。お前のを見てると『Y』の中に『Z』の形になってるだろ」 「俺はこれでうまくいくんだ」と、テンプラーは答えた。「それと言っておくが、僕は今日の午後まではいられない。夕方には隊に戻ろうと思っている」 ストリングプールは次第にこの古い友人にいらつきを覚え始めた。家族の土地を奪われたことを恨んでるのなら、なぜ自分にそう言わないのか? 一体なぜ谷へと戻ってきたのか? 彼はテンプラーが矢をつがえるのを見ながら狙いを定めた時、咳をした。 「いや、すまない。これは俺の誠意からそうさせるのだが、お前は隊へ戻る前にちょっとばかり智恵をつけたほうがいい。弓の引き方には3種類あってだな、3本指をかけるものと、親指と人差し指をかけるものと、親指と2本の指をかけるものとがある。いいか、これは俺のお気に入りのお親指でひくもので……」ストリングプールはテンプラーに自分の弦にひっかけてある小さな革製の輪っかを見せ、「お前もこういうものを持たないと親指が引きちぎれちまうぞ」 「僕には僕の愚かな方法が一番合うんだ」 「意地をはるのはよせよ。俺はなにもしないで栄誉の金色リボンをもらったわけじゃないんだぜ。盾の裏から、立って、座って、しゃがんで、ひざまづいて、はたまた馬の上からも弓を放ってみせたんだ。こんなに役立つ情報を教えるなんて、俺がお前との友情を完全に忘れちまってないからだぞ。キナレスちゃんよ、俺とお前はこんなチビっこの時からの仲じゃないか。ありがたくアドバイスを受けろよ」 テンプラーはストリングプールをじっと見つめ、弓を下ろした。「じゃあ見せてくれ」 ストリングプールはリラックスし、高まった緊張をほぐした。おもむろに矢を眉毛、口ひげ、胸、耳たぶのところまで引いた。 「弓を射るやり方には3種類ある。ボズマーのように弦を掴んで離すまで一連の動きでやる方法、カジートのように短く引いて、射る前に少し止める方法と、一旦途中まで引いて、止めて、それから最後まで引いて射る方法」と言ってストリングプールは的の中央に正確に矢を放った。「これが俺の好きなやり方だ」 「いいね」と、テンプラーは言った。 「今度はお前の番だ」ストリングプールは言った。彼はテンプラーに正しい握り方や矢のつがえ方の手ほどきをし、的を狙わせた。午後の間、戦争の影が刻まれたテンプラーの顔に子供のような表情が浮かんだのをストリングプールは初めて見た。テンプラーが矢を放つと、その矢は的を大きく越えて、谷間へと消えていった。 「悪くないね」テンプラーは言った。 「そうだね、悪くはないね」とストリングプールは言いながら、再び友情をかみしめていた。「お前も練習すれば、もう少しは的を狙えるようになるよ」 別れるまでに2人はもう2、3本練習用の石弓を射った。テンプラーは隊の野営地のある東の方へ長い道のりを歩き始め、ストリングプールは谷底にある家族の住む大邸宅へと帰っていった。彼は旧友を助けたことに気をよくし、広い芝生を抜け、正門まで学校で習った歌を口ずさみながら歩いていった。大きな見晴らし窓が割れていることに彼はまったく気づかなかった。 しかし、彼は大広間に入ってすぐに、テンプラーが的から大きく外して放った矢が栄誉の金色リボンに突き刺さっているのに気づいた。 小説・物語 茶4
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/83.html
アルゴニアン報告 第3巻 ウォーヒン・ジャース 著 デクマス・スコッティはブラック・マーシュ南部にある徹底的に帝政化された街、ギデオンで、ヴァネック卿の建築委員会およびその顧客を代理して、地域の交易を活性化させる商取引の手はずをあれこれと整えているはずだった。ところが実際には、半分水没した腐りかけのヒクシノーグなる小村にいた。知り合いなどひとりもいなかった。シャエロ・ゲムルスという名の麻薬密売人をのぞけば。 隊商が南ではなく北に向かってしまったのにも、ゲムルスはこれっぽちも動じていなかった。しかも、村人から買い求めたバケツ一杯分のトロードなる歯ざわりのいい小魚をスコッティにも分け与えた。スコッティとしては、火を通してある状態で食したがったが。せめて死んでいたほうが。が、ゲムルスは、トロードという魚は死んでも火を通しても猛毒になるのだとのんきに説明した。 「本当なら今頃は」スコッティは口をとがらせると、のたうちまわっている小さな生物を口の中に放り込んだ。「ローストを食べているだろうに。それからチーズとグラスワインも」 「おれなんか北方でムーンシュガーを売りさばいて、南方で仕入れるけどね」と、ゲムルスは肩をすくめた。「あんたももうちょっと柔軟に考えたほうがいいぜ」 「私の仕事はギデオンにしかない」スコッティは顔をしかめた。 「まあ、いくつかの選択肢はあるぜ」密売人は答えた。「この村に残ってもいいだろうな。アルゴニアの村はたいてい、ひとところにとどまらない。だから、ヒクシノーグがギデオンの門の目の前に流れ着く可能性は大いにある。1、2ヶ月かかるだろうけど、もっとも楽ちんな方法だろうな」 「予定が大幅に遅れてしまうよ」 「なら次の方法だ。もう一度、隊商に乗っけてもらえばいい」と、ゲムルスは言った。「今度こそ正しい方角に向かうだろうし。底なし沼にはまることも、ナーガの追いはぎに皆殺しにされることも、ひょっとしたらないかもしれない」 「気乗りがしないな」スコッティは顔をしかめた。「他の方法は?」 「根っこに乗ればいい。地下超特急さ」ゲムルスはにかっと笑った。「ついてきな」 スコッティはゲムルスについて村を出ると、ひょろ長い苔のベールに覆われた雑木林に入った。ゲムルスは地面から目を離そうとせず、ねばつく泥をつついたりつつかなかったりしていた。ようやく正しい地点をつつくと、てらてらと光る大きな気泡の塊が地表に浮き上がってきた。 「完ぺきっす」と、ゲムルスは言った。「さてと、肝心なのはパニックにならないことだ。超特急は一直線に南へ向かう。冬を越すための移住だな。赤粘土があちこちに見えるようになったら、ギデオンに近いってことだ。とにかくパニックだけは起こすなよ。で、泡の塊が見えたらそれが通気孔だから、そこから外に出るといい」 スコッティはぽかんとしていた。ゲムルスの説明はまるでちんぷんかんぷんだった。「は?」 ゲムルスはスコッティの肩をつかむと、泡の塊のてっぺんに彼を押しやった。「ここに立つんだ」 スコッティはたちまちぬかるみに沈んでいった。恐怖におびえた顔でゲムルスを見つめていた。 「赤粘土が見えるまで待つんだぞ。で、その次に泡が見えたら体を押し上げろ」 脱出しようともがけばもがくほど、スコッティは勢いをつけて沈んでいった。首のあたりまで泥に埋まっていた。あいかわらずゲムルスを見つめたまま、「うぐ」という声にならない不明瞭な音だけを口から発していた。 「それと、消化されちまうんじゃないかってパニックになるなよ。根ミミズの腰の中なら数ヶ月は生きられる」 スコッティは慌てふためいて最後の空気をひと飲みすると、目を閉じ、泥の中に消えていった。 スコッティは予想外の温もりに包まれているのを感じた。目を開けると、半透明のねばねばした物質にすっぽり覆われていた。南に向かって猛スピードで移動しているのがわかった。空を飛ぶように汚泥を突っ切り、複雑に絡み合う根っこの道を軽快に跳びはねながら進んでいった。スコッティは戸惑ってはいたが、恍惚感にもひたっていた。わき目も振らずに見知らぬ暗黒世界を爆走していき、肉厚な触手のような樹木の根をかわしては飛び越えた。闇夜を舞っているような気分だった。沼地の奥深くで地下超特急に乗っているとは思えなかった。 圧倒的な根っこの集合体のほうを少しだけ見上げてみると、何かが身をよじりながら通りすぎた。長さは8フィートほど、腕がなく、足もなく、色もなく、骨もなく、目もなく、ほとんど輪郭もない生物が根っこに乗っていた。その中に、黒っぽい何かがいた。と、ぐっと近づいてきて、スコッティはそれがアルゴニアンの男だとわかった。スコッティは手を振った。すると、体内にアルゴニアンを乗せたそのおぞましいモンスターはいささか速度を落としてから、あらためて前方に猛進していった。 その光景を見るや、ゲムラスの言葉がスコッティの脳内に蘇ってきた。「冬を越すための移住」「通気孔」「消化される」などなど、それらのフレーズが舞を踊っていた。入ろうとしてもはねつけられてしまう脳みその内部にみずからの居場所を見つけようとするように。が、この状況ではそれも仕方のないことだった。生きた魚を食べることに始まって、輸送手段として生きたまま食べられるに至った。スコッティは今、根ミミズの体内にいるのだ。 スコッティは執行の決断を下し、気を失った。 スコッティはだんだんと目覚めていった。女性の温かい腕に抱かれるという美しい夢を見ながら。にやけた顔で目を開けると、一気に現実の居場所に引き戻された。 根ミミズはあいかわらずの猪突猛進ぶりだった。愚直なほど前へ前へと、根っこをなぞるように進んでいたが、もはや闇夜の飛翔という感じはしなかった。そう、早暁の空のようだった。ピンクと赤。スコッティは、赤粘土を見落とすなというゲムラスの言葉を思い出した。ギデオンに近いのだ。手順に従えば、今度は泡を見つけなくてはならない。 泡などどこにも見あたらなかった。根ミミズの体内は今でも温かく快適だったが、スコッティは土の重さを感じるようになっていた。「パニックになるんじゃないぞ」と、ゲムラスは言ったが、アドバイスを聞くことと理解することではまるで次元が異なるのだ。スコッティが身もだえしだすと、内なる圧力が高まるのを感じたのか、モンスターは速度を上げはじめた。 そのときだった。スコッティが頭上を見やると、か細い泡状の螺旋が渦巻いていたのだ。どこかの地下水流からわいてきた気泡が、泥の中をまっすぐに、根っこをくぐって表面まで連なっていた。根ミミズがそこを通過する瞬間に、スコッティは渾身の力で体を押し上げ、モンスターの薄い皮膚を突き破った。気泡が彼の体を勢いよく押し飛ばし、一度もまばたきすることなく、スコッティはぬかるんだ赤い泥から飛び出した。 二人の青白いアルゴニアンが、網を手に、近くの木陰に立っていた。控えめな好奇心でもってスコッティのほうを見ていた。網の中では、ふさふさの毛が生えたネズミに似た生物が数匹、もぞもぞと動いていた。スコッティがこの生物に気をとられていると、もう一匹が木から落っこちた。スコッティはこうした風習に詳しいわけではなかったが、どうやら釣りをしているらしかった。 「あの、ちょっといいですか」と、スコッティはつとめて陽気に言った。「ギデオンのある方角を教えていただけません?」 アルゴニアンはそれぞれ「焚きつけしもの」および「丸めた若葉」と自己紹介すると、質問に戸惑いを浮かべて顔を見合わせていた。 「だれに会う?」丸めた若葉は訊いた。 「たしか名前は……」と、スコッティは言った。とうの昔に紛失したギデオンの連絡先ファイルのページを頭の中でめくりながら。「『右足岩の支配者』?」 焚きつけしものがうなずいた。「5ゴールド、道教える。ずっと東。ギデオン東の大農園。とっても素敵」 この2日間で最高の取引だと考えたスコッティは、焚きつけしものに5ゴールドを手渡した。 アルゴニアンの先導でぬかるんだ一本道を進んでいき、アシの草むらを抜けると、はるか西方に広がるトパル湾の鮮やかなブルーが見えてきた。スコッティは、明るい真紅の花が咲き乱れている外壁に囲まれた壮麗な屋敷を見渡すと、なんてきれいなんだろう、と考えている自分に驚いた。 その街道は、トパル湾から東に向かって勢いよく流れる小川に沿って続いていた。オンコブラ川だとアルゴニアンが教えてくれた。ブラック・マーシュの中心の薄暗い奥地まで流れているという。 ギデオン東部に広がる大農園を柵越しにのぞきながら、スコッティはほとんどの畑地が手入れされていないことに気づいた。収穫期を過ぎた腐った作物がしおれた蔓にいまだにぶらさがっていた。荒れ放題の果樹園に葉の枯れ落ちた樹木。畑地で働くアルゴニアンの農奴は痩せていて、弱っていて、半分死人のようだった。理性的な生命体というよりもさまよう亡霊のようだった。 二時間後、3人はとぼとぼと東へ向かう旅を続けていた。屋敷は少なくとも遠めには立派に見えたし、街道は雑草だらけながらもがっしりとした造りだったが、それでもスコッティは畑地の農奴と農作物の状態にいらいらし、おののいていた。この地域に尽くそうという気持ちは失せていた。「あとどのくらいなんですか?」 丸めた若葉と焚きつけしものはお互いの顔を見合わせた。そんな質問など思いつきもしなかったと言わんばかりに。 「右足岩の支配者、東?」丸めた若葉は考え込んだ。「近い、遠い?」 焚きつけしものは煮え切らない態度で肩をすくめると、スコッティに言った。「あと5ゴールド、道教える。ずっと東。大農園ある。とっても素敵」 「当てずっぽうなんだろう?」スコッティは叫んだ。「どうして最初にそう言わなかったんだ。べつの誰かに訊くこともできたのに!」 前方の曲がり道のあたりからひづめの音が響いてきた。馬が近づいているのだ。 スコッティは音のするほうへ歩いていき、乗り手を止めようとした。焚きつけしものの鉤爪がきらめき、そこから呪文が放たれたことには気づかなかった。か、体ではそれを感じた。氷のキスが背筋をなぞると、腕と脚の筋肉がいきなり硬直して動かなくなった。頑丈な鋼に包まれたようだった。スコッティの体は麻痺していた。 麻痺状態で何よりも悲惨なのは── 不幸にも読者の方はここで知ることになるのだが── 体がまるで反応しなくても目は見えるし、頭もしっかりしているということだ。スコッティの頭を突き抜けた思考は、「ちくしょう」だった。 もちろん、焚きつけしものと丸めた若葉は、ブラック・マーシュのたいていの素朴な日雇い労働者がそうであるように、卓越した幻惑師だった。それに、帝都の友人であるはずもない。 アルゴニアンたちはスコッティを道端に突き飛ばした。馬にまたがった乗り手が角を曲がってきたのだ。 やってきたのは堂々たる貴族だった。その鱗のついた肌とそっくりな色をした、きらびやかな深緑色の外套をまとい、体の一部とつながったようなフリルのついた頭巾をかぶっていた。角のついた冠といった趣だった。 「こんにちは、兄弟!」と、その貴族が二人に向かって言った。 「こんにちは、右足岩の支配者」と、二人は返事をした。それから、丸めた若葉が付け加えた。「今日はいい天気、どんな感じですか?」 「忙しい、忙しいよ」右足岩の支配者は威厳に満ちたため息をついた。「女の農奴のひとりが双子を出産したのだ。双子たぞ! 幸いにも、双子でもかまわんという商人が街におったし、女もさほど面倒をかけることはなかった。それがすんだと思ったら、今度は帝都のまぬけの相手だ。ヴァネック卿の建築委員会の代理人とギデオンで会う約束なのだ。財布の金をばら撒かせるには、仰々しい視察に連れていかなければならんだろうな。まったく面倒をかけてくれるわい」 焚きつけしものと丸めた若葉はさも気の毒そうな顔をしてから、右足岩の支配者が馬で走り去ると、獲物のようすを見にいった。 彼らにとって不運だったのだ、ブラック・マーシュでもタムリエルのその他の地域と変わらないほど重力が働いているということだった。二人の獲物、デクマス・スコッティは、置き捨てられた地点から転がり落ちて、そのときにはもう、オンコブラ川でおぼれかけていた。 物語(歴史小説) 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/130.html
カエルからヒトへ ミーカス・ラルブレック 著 グラマイトの一生はかなりユニークである。この生物は奇怪な蛙のように見え、直接証拠を握っているわけではないが、アルゴニアンの遠縁の親戚である可能性さえある。グラマイトの幼生は、そのあたりにいる蛙のように卵から生まれ、水中や水辺で見られる。卵からは小さなオタマジャクシが生まれるが、どれも私の手よりも小さい。 オタマジャクシは急激に成長し、2、3週の内に手足が生えて、水陸両性のバリウォグへと変貌する。バリウォグは2年程で、体長も体重も人間より大きくなる。 やがて大人となったバリウォグは、深い水辺を探し求め、その泥の中へその体を埋めようとする。そして何ヶ月もそこで休眠して、グラマイトを身ごもる。正確な妊娠期間を調べることはできなかったが、グラマイトは泥の中から完全な成体として現れるのである。 新しく生まれたグラマイトは、水辺から離れることなく相手を見つける欲望に駆られる。その後、メスは卵を産みつけるために水辺を離れる。卵は水棲の捕食者に食べられないように、またオタマジャクシが殻を割った後水中に飛び込めるように、水面からいくらか上に産みつけられる。 メスは一旦卵を産み付けたら、それらを見放してしまう。遠く離れるわけではないが、水中より地上で生活を送っていく。オスの配偶者を求める欲望も半年から1年の間に収まる。オスも地上へ上がり、メス同様に卵を守ろうとはしない。 成熟したグラマイトはある種の原始的な文化を持つ。クラフテン・ハイブロウはグラマイトは宝飾品や武器、鉱石の採掘までこなす優秀な職人であると主張しているが、全くもって馬鹿げている。私はまだ彼らの道具や宝飾品の出所を明かせないでいるが、他の文明をもった種族との交易で手に入れた物だと確信している。 魔法を唱えるグラマイトの話についてはどうか。これは更に馬鹿げている。彼らの原始的な脳は驚くほど大きいものの、明らかに彼らは秘術の技を学び取れるほどの知性を備えてはいない。クラフテンがいかにしてペットのグラマイトに呪文を教えたのかは私の知るところではないが、これは実際何らかのトリックの類であると、読者の皆様すべてに保証しよう。 SI 生物学 緑2